ヒョーコミプレゼンツ!#20 卒業生インタビュー 【村田駿】

表コミプレゼンツ!卒業生インタビュー#20
いよいよ、卒業生インタビュー最終回となりました。
8期生 村田駿くんです!
3年間の教育を経て、自分のことが好きになれたと語る駿。1年生の頃は、人影に隠れて前に出てこようとはしなかった彼が今は演劇の道に進もうとしています。何がきっかけでそんな思いに辿り着いたのでしょう。表コミ最終公演のクリエイションについても聞いてみました!
—今の所属は?
東京のPARAっていう演劇のワークショップを継続的に受けられる演劇コースで3年間勉強して、並行して通信大学に通うおうと思ってます。通信大学を通う理由としては、3年間が終わった時に自分の道が見えないかもしれないから、社会的な信用を得るために教育免許を取るべく今探しています。
—教員になりたいの?
教員になりたいというか表コミみたいなことが先生としてしたい。自分が表現教育を受けて成長して変わったから、そういう人達を増やしたい気持ちがある。
—演劇にこだわりがあるの?
いや、ぶっちゃけ演劇じゃなくてもいいとは思ってはいるんですけど、高校の時に比べ、人と関わる機会が減ったので自分で考える時間が増えて。その中で世の中に対して違和感が出てきて、その入り口として演劇を学びたいなと思っています。
—1年生の頃とのギャップがすごいよね笑 表コミに入った理由はなんだったの?
そもそも入ったきっかけは滑り止めに探していた私立の高校を探したときに追手門を見つけて、たまたま見た説明会の時のダンス公演で「楽しそうだな、演劇系もありだな」と思って、それからです。
—ダンスに抵抗はなかったん?
・・・それなんですよね。楽しそうだなと思って入ったけど、いざ入ったら20人から30人のメンバーと先生の前で踊らないといけないのがギャップで、恥ずかしさが生まれました。それまではスポーツは水泳くらいで舞台芸術は触れたことがなかったので。覚えているのが、最初のパフォーマンステストの時に、マスクをとった時に顔が震えていて、何これ?ってなって。人の前に立つことも怖かったので、それがやる気のなさに繋がったかもしれないです。
—人の前に立つのは嫌いだったの?
学級委員みたいなことはしていたけど、それ以外はあまりやってなかった。人の前に立つとやっぱり、ビクビクしちゃうかな。
—なんで、恥ずかしかったんやろう?
俺らの代はバレエとか経験者が多くて、他のメンバーと比べてました。比較癖は昔からあるかも。全力でやって目立ってる人と技術を持ってて目立ってる人だったら、ダサくて目立つのが嫌だったから、全力でやりたくなかった。
—なるほどね。そこから1番のターニングポイントになった出来事は?
2年の成果発表の自画像です。1年生の時にやった最初の自画像は、セッションの時にズバズバ言われて、こんな自分ってダメだったんだとショックで、そこから先生とのすり合わせに全然行かなかったから気づいたら終わってたって感じで。終わった時に先生と泣きながらハグしてるメンバーがいて、びっくりしたんすよ。そこまで動いた何かがあったんだと思って。自分にはなかったから。そこから2度目のチャンスでやった2年の夏のオープンスクールの時に、前日のゲネでも、全体作品はいいけど俺は台詞も出て来なかったりして俺の自画像だけ良くないって福岡先生に怒られて、そのあと馬場先生にも呼び出されて、話して・・・そこで素っ裸になった感覚があって。自分のダサいところが見えたんですよね。そこからは、本番まで時間がなかったからやるしかなかったし、ダサくてもいいからやろう!って決めて。最終的に、不恰好だったかもしれないけど、自分の心の言葉を出せて、やりきったって思います。アンケートをもらった時も、「かっこよかったです」という言葉に、全力でやった事によって観てもらって感じてもらえるものがあるんだとボロ泣きして、そん時からです。変わったのは。

—確かに、大きかったね。表コミの後半ではどんな学びがあった?
自分の価値観が広がっている感覚がありました。カリキュラムが変わるごとに、知らないことを知って行くのが楽しかった。
—2年生のダンス公演では、統括として全体をまとめる役だったと思うんだけど、どうだった?
1番頑張ったと思う出来事ですね。行動をせず考えすぎる・人の目を気にしすぎる自分が、嫌われるけど「自分が言わないと」と思って、方法も分からなかったけど、ガムシャラにやってました。ん〜失敗じゃないとは思うけど、自分にとっては成功体験とは言えない感じ。でも無駄じゃなかったと思う経験だったかな。リーダーとしてのあるべき姿が、やるまえに思っていたこととやった時だと大きく違ってます。リーダーってリーダーだけが頑張るのではなく、みんなで走るもの・協働なんだって感じました。並走しながら、モチベーションが下がった仲間とかに手を差し伸べることとかが、リーダーがやるべき役割(サーバント型リーダーシップ)なんだと感じました。
—なんで、そこに気づけたんやろう?
自分より完璧なメンバーもいるし、自分自身が完璧じゃないから、自分ができることとして率先して失敗し続けることが必要だと思って、そうしているうちに気づきました。

—クラスには、もっとチャキチャキ動ける子もいたもんね。そんな中、自分なりのリーダー像を模索してたんやね。高校3年間の時間はどんな時間だった?
いっぱい失敗できた時間でした。もし表コミではないところで自分が高校生活を過ごしていたら、カッコ悪いところは見せたくない・ガムシャラにやるのはダサいみたいな考え方は変わってないと思うから、その考え方を壊せたのは大きいかもしれないです。
—じゃあ、3年間で印象に残っていることはありますか?
先生と生徒の関わりかな〜。リスペクトがある対等な関わり合い。先生も失敗するところを見せてくれてたし、良い意味で対等だったなって思います。たくさん話を聞いてくれる人たちだったので、オープンマインドでいれたし、共感だけでなくフラットな目線で悪いところは指摘してくれたのでありがたかったなって思います。
—クラスメイトとの関係はどうやった?
月日重ねるごとに、家族みたいななんでも話せる関係になりましたね。帰りたいと思える場所。悪いところは修正しようとしてくれる人たちに今はなれたかなって思います。それは八幡の実習に行った時くらいからかな・・・仲良すぎた、ずっと一緒に良すぎて。
―確かに(笑)特に男子は仲良かったよね!授業じゃない時に、真剣に男子だけで集まって話し合ってるって聞いてびっくりした記憶がある。
そうですね(笑)馬場先生も含めて、仲良かったですね。特に、ダンス公演あたりでそれぞれの課題にぶつかって、それを乗り越えた後の2年後半とか3年とかはめっちゃいい関係性やった。更衣室の中で練習の後とかに喧嘩ではないけど、ちゃんと真面目に意見交換みたいなことをしてました。入学当初とは全然違う内容(笑)明らかにクラスの雰囲気がおかしい時とかは、更衣室に戻ってきたら男子だけで必ず話す雰囲気になっているっていう(笑)「あれはおかしくね?」「でも〜」ってちゃんと話し合っていたし、6人のいいところがちゃんといいバランス良くで出てきてましたね。

―わかるわかる。えっと、8期が表コミとして最後だったじゃん。あんまり印象に残っていないかもしれないけど、なくなりますって聞いた時は駿はどう思ったの?
その時は全然自分の中で大きくなかった、5月とかでしたっけ? 5月10日、どうでもよかったって言ったらあれやけど、その時の自分にはどうでもよかったっていうか、先生たちが泣いていたのも見てて、正直「へー」みたいな感じやった。表込みに対する意識は全然なかったから自分ごとではなかったし「あーそうなんやー」みたいな感じやった。
―そのあとは最後みたいなものを背負っていた感覚はあった?
ずっと言われてきてたから、最後やなっていう意識はあったけどそこまで強く思っていたのかっていうとそうでもなくて、俺がその気持ちが強くなったのが卒公で作品のテーマ自体が始まりとか終わりを扱うものだったから表コミが終わるっていうことに対する意識はそれまでよりも強くなったし、表コミが終わるっていうことは重大さみたいなものは大きくなっていたけど、卒公が終わってそれに対してのネガティブな気持ちとかもいい意味でそんなに無かったですね。
―いい作品だったよね。その後のワークショップや3月の最終公演については、どう?
地域に対してのハローフェスのワークショップはマジで楽しかった。福岡先生がこの校舎が立つ時に、いしい先生と地域に開かれた劇場にしたいっていうのを聞いて、ほんまにその通りになったなっていうのはワークショップ終わった時に思った。最初はそんなに人来ないんじゃないかと思ってたけどいっぱい来てくれて笑顔が溢れてた空間やったし、俺は絵を描いてる時の子供の顔とか親の顔とか出来上がった作品も素敵やったし、ただただ楽しかった。先輩とも初めてあんなに喋ったし。
―でもそこに向かうまでにみんなで色んな工夫をしてたよね?
最終目標としてはでかい紙にみんなで絵を書くみたいなこと。でもそこに至るまでの、段階設定が難しかった。最初の0の状態から時間もそんなに長くない中、自己紹介して、最後完成させないといけない。最初スタンプでいくか、手で書かせるか、道具を使うかとか。どうやったらいいか、めっちゃ話してました。あと年齢が全然違うから、自分達がこうされたら嬉しい、やりやすいっていう事が子供達にとっては違うから、その子たちの気持ちになるっていうのを考えて。初めてやったから、難しかったです。でも意外と心配してたことは起きずに小さい子達は楽しんでくれてたからそこに助けられてたっていうのはある。
―あの場を運営しながら表コミの経験が生かされたなみたいな実感はあった?
全体的に表コミで自分が踏んできたものが無かったらあれは出来てないなというか、どれがとかではなくて全部が積み重なって、色んなものが緻密に重なってできたことだと思います。視点が増えたっていうのが一番かもしれない。高1の俺にやれって言ったら絶対無理やし、村田駿の視点と、来てくれる子の視点と親の視点と、学校とか社会、茨木市から見た表コミとか視点が増えていたから、色んな観点から1個プランを立てたとしてどこが駄目なんやなっていうのは視点が多かったから気づけるものがあったし、それは表現教育を受けてなかったらそうじゃ無かったなと思う。色んな人の視点に立つというのは生かされたなって思います。その結果楽しめるものになったし。
―駿の学びだね。じゃあ、最終公演について。2月に先輩たちと出会って、3ヶ月くらいクリエーションの中で思ったこと、もしくは本番を経て感じたこととか学んだ事とかはありますか?
クリエーションは、8期の中で作っている時の意見交換じゃない良さがあったし。一番印象に残っているのはたけ先輩とのデュオの初めて作った日のあのクリエーションはめっちゃ楽しかったです。表コミが終わるっていうことに対する自分達の意見を伝え合った上で、そこからちゃんと発展させていけたなっていう実感。学年が違うけど思っていることはあんまり変わっていなくて、その中に各期での違いがあるから、その違いを出していって自分達の時はこうやった、でも自分達はこうやったっていう動きを付け合っていって、ちゃんとお互いに出していきながら、でも軸はブラさずに作っていけたクリエーションやったと思います。
―みさえ(5期生)と駿は表コミが終わることに対してどういう風に思ってたの?どんなこと話した?
タトゥー残したいみたいな。アトリエの床にできるだけ手跡、足跡を残したいみたいな、なんかWE EILL ROCK YOUみたいな、踏みつけるようなものを入れたいというか、ちゃんとここにいたんだぞっていうのを残したいっていう話をしてた。アトリエにタトゥーみたいなものは残したいよなって。あのアトリエの床にある傷を一個でも増やそうぜみたいな(笑)
―それはやっぱりここにいた痕跡を残したかったからっていう?
そう。3年の時はどんどん色んな表コミじゃない人たちがアトリエを使ってて、ダンス部とか演劇部もそうやけど、そこに対する嬉しい気持ちもあったけど悔しいというか、消費されていくんやろうなみたいなことは感じていたし、それが悔しかった。どういう意図があって、どういう道のりを経てこのアトリエがあるのかをちゃんと知っているのは表コミに関わっている人しかおらんから、そこを消費して欲しくないなみたいな悔しさとか怒りみたいなものはあったっていう話をしてました。
―作品全体についてはどんな作品やったと思う?自分が踊ったり先輩が語るシーンがあったり、演者としてどういう風に作品を理解してた?
期による違いはちゃんと出てた、8期、6期、5期、とその語りのシーンがあったのは構成として見やすいんじゃないかっていいうのはあって、自分が知らないていでこの公演を見た時にちゃんと「表コミが終わる悲しい」だけじゃなくてそこまでの道がちゃんと見えるというか、この期はどう思っててっていう。表コミがなくなるってことを聞かされた時に3年やった6期は署名活動とかしてたし、8期はラスト3年を過ごしてきたし、作品として階段を登っている感じがあったかな。
―踊り手としては作品を1時間くら生ききる中でどういう心情の移り変わりがあった?
俺の場合、語りの後に入るのが多くて、語りを聞いた後に動くことが多かったからめっちゃ助かったというか、自分の気持ちをちゃんと高めた状態でダンスに落とし込めました。
―語りを聞いてるのはどんな感じなの?
あむくんの「みんな眠くなれば良いのに」っていうセリフめっちゃ好きで「筋肉がゆるくなる」っていうあのセリフが、聞いたらちゃんと脱力できるというか、そのままスッと入れたから言葉によって身体が緩むというか。あの語りが無かったら同じ動きにはならないなって。
―学年が違うから体験も違うはずじゃん?本来共有し得ないものに対して共感していく、自分がもしあそこに演者でいたとしたら言葉だけじゃなくてその前の期の人の想いとか、生き様とかに刺激受けてそれを取り込みながらいくのかなと思って。でも8期だったら全然知らない言葉が出てくるわけじゃん、旧校舎の事とか、先輩たちの記憶も安威の地の共有し得ないものもあったじゃん。私は全部を知っているから共感しえるけど、その経験がない人たちはどんな風に受け止めていったのかなと思って。
でも思ってたより安威の事を知らないっていう壁はなかったのかなと思っていて。そこを補えるくらい他の期の人と会話していたから、実物として見たことはないし行ったことは無いけど、ちゃんと想像は出来るし、それぐらいに先輩と密にコミュニケーションを取っていたからそこの難しさ、想像できなさみたいなものはあんまり感じなかった。もし実際に行ったら旧校舎のことはもっと鮮明になるやろうけど、景色が見えないかって言われたらそうでもなく、あぁこういう所でこういう生活を送ってたんかなっていうのは知らないながらにも想像は出来てたなと思う。
ーてゆうことはやっぱり場所とか時では無い何か共有し得るものがあったってこと?
そうですね…逆にその旧校舎ツアーみたいな形で知らされてたらあーゆー形ではできなかったというか、その行かずに想像することが大切やったんかなっていう。場所じゃなくてやっぱりそこで過ごした人の声を聞いたから…のがデカかった。
ーなんか実体がなかったからよかったのかもね
それは思いますね。
ー最後千秋楽終わって、ほんとに解散です!みたいな時に何感じてた?
・・・エポック踊ったじゃないですか?あれの景色は一生忘れへんな。
ーどんな記憶として残ってる?
エポックはマジでヤバかった笑 ちゃんと歌詞聞こえてきたなぁっていうか。歌詞と自分の体験、さっきまで体験してたしこれから体験していくんやろうなみたいなことはあの歌詞を通してちゃんと理解しながらエポック踊ってたから。アツかった…希望を持てましたね。
ーじゃああんまりネガティヴじゃなくてポジティブに終わった記憶?
表コミとしてはそうですね。稽古ができんくなるのはとか、定期的に集まってたのが無くなるんやみたいな悲しさはあるけど、表コミが無くなるってことに対してはポジティブな気持ちやった…ネガティヴよりはまたできるんやろうなっていう。解散じゃなかった。またね〜みたいな。
ーじゃあ、最後に表コミを色で例えると
黄色。黄色ベースにいろんな色があるみたいな感じ。
ー理由は?
この本棚みたいな笑 黄色だけじゃないって思う。黄色ベースでいろんな色があるみたいなイメージ。けどそれをスッと見た時に今の俺は黄色に見える。その自分の記憶は。
ー自分の記憶は黄色、なんで?
失敗とか嫌なこともあったけど、美化じゃないけどやっぱり全部楽しかったなぁって今の俺らは思ってるから。それはズームしたら黄色じゃない所もあるけど…ベースに楽しかったなっていう記憶があるから。
ー駿は今自分のこと好き?
好き。
ー好き!?おーなんで?前から好きだった?
いや、そんなことないです。
ーなんで好きになれたの?
自分にしか出せないものがいっぱいあるっていうのを知った。あの人になりたいなとかいっぱいあったけど、今もあるけどかっこいいなとか思うけど、自分には自分の良さがあるって言ったらキレイすぎるけど実際そうやし、自分にしか出せないものがあることを知った。
ーすごいじゃん。最初は人と比較して恥ずかしいと思っていたのに(笑)3年間の成果だね。
<最後に一言!>
ここでの日々は忘れないし、これからもずっと思い出し続けるんだと思います。
けど思い出すだけで終わらず、それを超えるものとたくさん出会いたい。また新しい自分を探しに行きます!
自分の人生に熱を与えてくれた表コミに感謝します。
表コミまたね!!!!

ヒョーコミプレゼンツ!#19 卒業生インタビュー 【下屋敷咲喜】

表コミプレゼンツ!卒業生インタビュー#19
1期生 下屋敷咲喜さんです!
行先もわからない冒険の旅に共に出た1期生。社会人となり、これからの夢を「愛の溢れる社会をつくること」と堂々と語るさき。自分のことばかり考えていたところから、どのように他者への興味がうまれてきたのでしょう。
―今の所属は?
塾講師をしています。英語と数学を中心に全科目ですね。中学生メイン(小3〜高3)で進路相談の担当とかもあります。
―仕事どう?
人の成長が自分の結果になるので、面白いですね。働いて3年目になるんですけど、やめたい時期もありました。でも、生徒に携われる時間やアルバイトで入っている大学生の成長を見届けるのが楽しくて、生徒の喜びが自分の喜びになるのがいいですね。
―高校、表コミでの3年間どんな時間だった?
いろんなものに出会った時間かな。1年生ではいろんな自分に出会って、2年生ではいろんな他人を見ることができて、最後の1年はいろいろな社会のことを見ることができたと思います。特に3年生での西成の実習は記憶に残っています。私、人に対して先入観をもつ方だったんですよ、中学生の頃。スクールカーストがすごくて、私は一番上になりきれない金魚のふんはいやだって思ってたんですけど、実習に行っていろんな背景を持っている人がいるんだって実感できてからは人に対する偏見がなくなりましたね。ずっと自分が上にいなきゃって思ってたけど、みんな一緒じゃん!って思うようになりました。

―今、塾でも授業を持っていると思うんやけど。在学中、授業形態とか内容とか違うから比較は難しいと思うけど、いわゆる座学の授業と表現の授業と他の授業でも学びとかって何か違いましたか?
そうですね。なんか教育をやってる身としてのお話になってしまうかも知れないんですけど、この先すごく必要な教育っていうのは今すごく思っているところで。それこそ、座学とかだとやっぱり「なんで子どもに勉強しなきゃいけないの?」って聞かれること多いんですけど。やっぱりまだ、人間を測る物差しは勉強とか学力でしかなかったりだとか、あと学力で頑張っている努力の量だったりとか、そういうところで得られるものが、まあ、座学で良いところとは思っているんですけど。その、表現とかって社会に出たときに必要なもので、就活する時に座学で得てないものを急に求められるんですよね。コミュニケーション能力だったりとか、グループディスカッションがあって他の人の意見を聞いてまとめたりだとか。そういう社会で必要な力が急に就活で求められることに、すごいモヤッとするものを感じていて。
―表コミに出会ってなかったとしたら、今どうなってたと思う?
まず自分のこともわからない、他人のこともわからない、自分のことばっかり考えて生きていたと思います。だから、もう教育に行き着くことなんて絶対になかったと思います。
―何してたと思う?
何してたんでしょうね。芸人にでもなってたんじゃないかな(笑)中学校の時の夢、芸人だったんで。途中、石井先生に現実見なさいっていわれて、辞めました(笑)
―じゃあ、えっと。そうだな。表コミを色で例えると何色だと思いますか。
色ー。何色だろう。何色かな。ピンクとかかな。

―ピンク?!理由は?
なんかすごい愛を教えてもらったなって思ってます。人を愛する力とか。今仕事してる上で、人の喜びが自分の喜びになっている色がすごいピンクだなって思うんですよ。なんかこう、作品として、他の人が何か気づきを得たりだとか、あと作品を他の人に見てもらうことで、自分もこういうことあったな、とか。自画像の時とかこういう自分を思い出しましたっていうコメント貰ったり、高校生の葛藤をすごい見たような気がすると感想を頂いたりとか。そういう時に、自分は他の人の人生に貢献して良くなってるのかなって。そうやって他の人のことを考えれるっていう時間がすごい愛溢れる時間でした。激動でしたけど。ピンクになるまでが、すごい大変だった気がします(笑)きったない色からちゃんとピンクになって(笑)白とかそんななんか綺麗な色とかじゃなかった(笑)もう、黒とかグレーの状態とか、もうなんかいろんな色が混ざった気持ち悪い泥みたい色から、ちゃんと白を一生懸命混ぜて頂いて、そこにやっとピンクを入れられるようになったんじゃないかなとすごい思うので。その過程もあいまった深いピンクが味わえたなって思います(笑)
―今さあ、作品の話をしてくれたじゃん。2つあるんですけど、まず、さきはこう、それまで表現するみたいな活動は自主的にはやってなかったじゃん。授業の中もそうだし、舞台に立つ経験っていうものはどういうふうに自分に影響を与えたと思う?
そうですね。まあ人に見られるっていう経験もほとんどなかったので、その経験をすることによって人に見せる作品を作るっていうマインドが初めてですごい新鮮だった。あとは、その、舞台から見るお客さんの表情というのはすごい頭の中に残っていて。笑顔になってくれたりだとか、すごい感動してくれるだとか、人に影響を与えてるんだっていうのを舞台に立ちながら感じたっていうのはすごい経験として大きかったなって思います。
―日常では中々見れないもんね。
目の前の人にこういう言葉掛けしたらいいんじゃないんかなとか、他じゃなくってこれを伝えたいっていうのをノンバーバルでもいいからその人に伝えるって大事だし、それを基盤として教えてもらったのが表コミだったなってすごい思います。目の前の人を変える意志が生まれたって感じですかね。
―目の前人を変える意志…!
変えたいって思いましたね。舞台に立ってる時に。
―そして、変えられるとも思った?
思いました。
―すごいね(笑)もう一つが、いろんな作品に出会ったじゃん。特に一期生はいろんなアーティストが入ってたと思うし、作品を通じて、なんか学ぶことってありましたか。作品の内容とか台本とか踊りとか。
うーん。ひとつひとつの物事の意味をすごい考えるようになったと思います。それこそ、作品を通して意味を考えてっていうのは、最初わかんなかったけどずっと仰っていただいたことかなって思います。演劇の時とかも、台本読んでその人の気持ちになってっていうところからスタートして、そこから目の前の人の考え方を想像するようになったりだとか。あとダンスでいうと、腕ひとつでも意味があるよ!(笑)ってすごいいってもらってた覚えがあって。なんだろう。(笑)芽が出て、とかそういうひとつひとつでも考えるようになったのは、日常生活とかでも、物事に対して、頭を止めるなってすごい思います。
―じゃあ、最後に。今仕事は決まってると思うんですけど、さきちゃんの今後の夢なり、今後のライフプランなり目標なりあれば聞かせてください。
はい。私は社会を変えたいっていうのが軸にあります。人の気持ちを考えるような温かい、愛あふれるような世の中を作りたいです。それこそ、教育を通して人の気持ちを考えることだったりとか、恥ずかしいとか思わずに自分の気持ち、愛とかを伝えられる人を世の中に増やしたい。それこそずっと勉強の教育に留まるつもりはなくて。それこそ表コミみたいに自分の感情とかを考えたりとか他の人の行動ってどういうふうに考えて行動してるんだろうとか、社会とかどういう仕組みで成り立っているのかっていうところを私は子供たちに考えて欲しいと思っています。そういった教育に携わること。あとは西成とかのことも考えてはいて、みんなにそういう現状を知ってもらって自分がどういう感情になるのかを本当は見て欲しい。表コミみたいなあったかい空間を味わってもらって社会を変えたいっていのが私のこの先のプランです。

<最後に一言>
愛溢れる世界をつくる!
ヒョーコミプレゼンツ!#18 卒業生インタビュー 【井上結衣花】

表コミプレゼンツ!卒業生インタビュー#18
8期生 井上結衣花 さんです!
3年間の時間の中で「本気でやる」ことの意味を実感したゆいか。失敗するのが嫌でヨナヨナしていた中学時代の自分から強くなれたそう。後輩のいない学年としても、責任を感じながら自分たちの歩みを進めてきた3年間について聞きました!!
ー今の所属は?
ー何で法律に行ったの?
表コミで3年の時にその社会について広く学んだ時に、私は企業の中で差別とかされて苦しんでる人に向けてその法律からこうちゃんと守れるような存在になりたいなと思って、企業に対する法律を学びたいなと思って法学部に行きました。
ーへ〜楽しい?
楽しいです。
ーそもそも、表コミに入った理由はなんだったの?
まずずっとダンスとか身体を動かすことをやってて、中学生の時に一回辞めちゃって、そっからそのメンタル的にすごいしんどくなった部分があって。でも、体育とかしたらすごい明るくなれたりとかしたから、高校でも毎日身体を動かせるようなところにいきたいなって思ったのと、あとやっぱりダンスにずっと触れてたかったっていうのがあって。体験会行って、エポックみた時に、なんかすごい昔自分が踊ってた時と同じような高揚感が「うわあ」って中から出てきて。ダンスとか演技とかそういう形で舞台に立ちたいと思ったのが1番の理由です。
ー入ってみて、どうやった?なんか想像通りやなって感じって感じなのかそれとも・・・?
全然違いました(笑)最初は、そのストレッチの仕方もなんじゃこれ。みたいな、 私はもっともっと身体にから入るのかなと思ったら、そうじゃなくて、1年生は身体作りやったけど、でも、その身体づくりの根底にも、やっぱり精神的な面があって、そこに集中するのは最初はめっちゃ難しいかったです。あと昔通ってたスクールは、形とか見た目にこだわるから、スキルが大事なんじゃないよって理解するのに、結構そのギャップに、「おお…」ってなったのはありました。
ーやっぱ昔は、そこを気にしてたの?
そうですね。やっぱりなんか美しくて綺麗な形じゃないと怒られるっていうのが身についてたから。 私、ずっと鏡でその自分の形がどうかを気にしちゃう癖があって。ダンスの授業の時に「カーテン閉めてやるよ」って言われた時にも、ものすごい不安感があったんですよ。やけど、それこそ2年、3年って重ねるにつれて、鏡がないことによって、より自分の自分の中にフォーカスできるっていうのをやっと理解できました。
ー外側を気にしていた部分から内側に目が向き出したってこと?
そうですね。
ー印象に残ってるワークとかある?
印象に残ってるワーク?ほとんど全部が印象に残ってるんですけど、私は。
ーほえー、すごい。
そうなんです。でも目をつぶって相手の手を触って、なんか違いを感じるみたいなやつやったじゃないですか。あの時はすごい、自分の身体の特徴と違う、他人の身体の特徴とかも、温度とか、それこそなんかの湿度とか、質感とかを感じて。その時に、やっぱり同じものってないんやなっていうのもすごいわかったというか。そこが結構きっかけになって、私はその人にダンスとか演劇とかのスキルがなくても、その人が本気で表現してたら、やっぱこっちに伝わってくるのがあるんやなとか、なんかそういう細かいところまで見れるように意識がいったというか。 人に触れるワークをたくさんやってるのに、自分にもフォーカスして、相手の身体にも意識を広げるっていう、本当の意味でちゃんと「見る」っていうのがわかった感じがありました。
ー体験によって「見る」ってことの解像度が上がったんやね。その授業が日常に役立ったなという経験はあった?
いつも一緒にいた仲のいい友達が落ち込んでる時とかに、私はあえて言葉を発しなかったですよね。 「大丈夫?」とかもあんまり言わなかったんですけど、でもなんかひたすらに横にいて、横で歩くとか。 でもそうして待っていたら、向こうが言葉を発してくれたりするみたいなことがあって。そういう言葉じゃないコミュニケーションっていうのが、表コミのクラスの日常の中ではあったなって思います。
ー他の子たちも?
あ、そうです。ありました。なんとなく、なんか今日は機嫌悪そうやなみたいなとかもわかるし、だから、今日はこういう言葉掛けやめとこっかなとかそういうの。 でもそれ結構大学に行ってもあります。なんとなくわかるんですよね。「話しかけるな」みたいなオーラが出ていても、本当はどうなんやろうって考えたり。 想像していくと実際は、ほんとは自分からも話しかけたいけど、きっかけがなくて緊張して話しかけられないかなとか、なんかそういうパッと見だけじゃないところまで考えられるようになったなと思います。
ーユイカ、結構おしゃべりだったよね?
めっちゃおしゃべりでした。めっちゃお喋りです。(笑)
ーそこから相手を聞こうって意識が向いたのは何かきっかけがあったの?段々に?
段々です。ワークとか重ねてくたびにもありますけど・・・私はやっぱ1番ダンス公演がグンと成長したきっかけかなと思います。自分的には。自分の言葉が軽く思えてきたというか。頭回るし口も回るけど、全部それに責任が持ってないというか、そこに気づきましたね。小グループの時に大喧嘩して、その時からかな。初めは私が発した言葉で、他のメンバーが傷ついてたっていうのも気づいてなかったし。
ーどんなことに気づいたの?
結構、相手の話していることに嘘でも「それいいね!」とかって共感することがあって。共通してったのは、見栄っ張りっていうことなんですけど、そこを取っ払いたいっていうのがありました。これ以上、見栄張って自分に嘘ばっかりついてたら、 身体は元気やけど、自分が死ぬんやろうな、自己がなくなるんやろうなって思って。表コミに入ってから、少しずつ気づいてはいたんですけど、1年生の時とかは、今までの自分を全部否定することになるから怖くて。でも、2年生になって、どんどん身体にフォーカスしていくうちに、自分の身体と心と思考とのギャップがすごい生まれてきたというか。その状態が気持ち悪いって思って、そっからより強く自覚していったって感じです。
ーそのモヤっと思っていたことを作品のテーマにして創作していったと思うんやけど、公演で作品として発表してそ拍手もらって、結果としてどうだった?
ポジティブな部分が大きいかな。そこを作品にしたことによって、素直な自分をさらけ出すことに対するハードルが下がったというか。ぐちゃぐちゃした自分を、消化させるじゃないけど、 ダンスとして舞台に出して、お客さんに受け取ってもらえたっていうことが1番大きかったですね。だから、仮に誰かがそういうことで悩んでたりしていても、自分は受け止めたいし、完全に理解できなくても受け止めるっていうことだけで全然違うと思うので、そうしたいですね。

ーその後は、クラスのメンバーとの関係も変わったの?
変わりました。怖くて話せない子がいたんですけど、その子が本気でぶつかって怒ったりしてるのとか見ると、あ、一緒なんだなって思って、そっから対等に見れるようになったと言うか、気軽に話しかけて、「ここ、こうやんな」みたいに話しかけられる通り道がどんどんおっきくなってく感じがありました。
ー自画像のときに相手の背景を知ることとはまた違った他者理解があったってこと?
そうですね。ちょっと違いました。私はやっぱり、身体を通して、 心、体が上がって、心が上がることによる感じの方が、強く覚えられるっていうか、高揚感があるから、体から引き出されたパワーが変化を与えるというか。自画像は、どっちかといったら、この人のこの一部分を切り取って理解している感じでした。
ー じゃあ、一部をこう覗くみたいな感じが自画像で、ダンス公演はもうちょっとパワーとして、その子の感情とかエネルギーを踊りながら全部浴びてるみたいな感じ?
そうですそうです!みんなで踊ってて、感情が揺さぶられて・・・踊りながら涙が出そうになるっていうのが初めてで。踊ってる時も、私の嗚咽するぐらい泣いて(笑)そこで初めて、みんなと場を共有するっていう意味がわかった気がしたし、 本気でやることの大変さ、がわかりました。
ー今の話やと、本気でやるっていうことの意味が、3年間の中で変わってたのかなと思って。
変わりました。そう、だいぶ。
ーそれは、どんな風に変わっていったの?
最初はなんか自分が出せる80パーセントでやっていて。それこそ自画像は今思うと結構ひどかったんですけど(笑)、その当時の自分としては本気やしみたいな。でもダンス公演とかになってくると、やること多すぎてしかも仲間と一緒に創っていて、自分のリミッターが外れていくというか。その中で80パーセントっていう自分の器を壊して、本気を出すことの一部を自分の中で掴めた感じがあって。それがきっかけで、勉強でも「真ん中ぐらい取れてるからいっか」みたいな感じだったけど、そうじゃなくって、なんか全部を本気でやるというか、授業もこう受けるんじゃなくて(猫背の状態)、こう受ける(背筋を張って能動的に)みたいな、そういう姿勢からとか、 普段の思考から変えるっていうのが、本気を出すってことなんだなって。
ー負荷がかかってる時はめちゃくちゃしんどいんやけど、それを超えるために続けていた努力が、 意外と結果的にキャパを広げたりしてたりするよね。卒業公演では今までやってたダンスじゃなくて、演劇をとってたと思うんだけど、どうだった??
そうですね。そうなんか。なんか三浦さんが作る作品って結構単語が多いじゃないですか。「あー」とか 「うんうん」とかが結構多くて、そこに対して普段あんまり意識しないんですよ。でもただの相づちやなと思うけど、その限られた言葉の中にどういう感情が込められてるのかとかを考えて。 本当に一言一句込められてる意味が違っていて。その経験が普段の会話でも、この子は今日はあんまりなんていう、調子が良くないんだろうなって思ったらこっちの声掛けも変わるし、 かと言って、それで自分がいちいち対応変えてたら、なんかその子にとっては不安定なってしまうかなとか考えたり、言葉に影響される精神面みたいなものを考えるきっかけになったなと思います。
ーということは、やっぱ演劇のテキストを通して丁寧に言葉の意味とか、言葉の背景のことを一旦深く考えた経験が、日常でも自動的にそれができるようになったってこと?
そうですね、でもやっぱりそこから離れると薄い言葉ばっかり出てきちゃうなっていうのが体感で。今は大学で会った関係の浅い友達と、ふわふわ、キラキラみたいな会話をしていて、すごい違和感です。でもその考えは大切にしたいです、今後も。


―表コミ入って表コミが無くなりますって言われた時にどんな風に最初印象受けた?
無くなりますって言われた時に、その自分の中では勝手に続いていくもんやと思ってたからこんな簡単に自分の後が無くなるもんなんやっていうビックリした。あと、私自身より親の怒りがすごかった。でもやっぱり今となったら親の怒りもわかるし、無くしたらいけないコースやなってすごい思います。けど当時はやっぱり全然わかんなかったです、実感がなかったし。言っても残り3年あるくない?笑とか(笑)やっぱり一年生の時は全然わかんなかったです。実感がなかったです。
―そうだよね。どこぐらいから無くなるんやって実感してきた?やっぱり後輩が入らなかった時かな?
そうです!高2のそれこそエポック(7月のオープンスクールの発表演目)やった時に私たちよりも上しかいない!っていうのんがあって…それこそ演劇部の子とか来てくれてたけど、やっぱりそれも同い年かぐらいからしかいなかったじゃないですか?それこそ私中学校の時吹奏楽やったからけっこう上下関係とか厳しかったから後輩がいるのが当たり前って思ってた環境にいたから余計に、「あっいないんやな」ってすごく自覚しました、その時に。
―逆に最後でよかったなみたいに思うことってあった?
ありました、やっぱり!私は無くなることに関しては徐々にすごい喪失感…ポッカリ大きい穴がドーンって刺さった感じがあったけど、でもなんか自分が最後に関わってるっていうのがより一層作品に対する取り組み方を変えたかな?って思います。
―それはいつ頃かな?ダンス公演?
…ダンス公演からですね。やっぱり、意思が変わったのは。自画像の時ってホンマに意識が無かったし。終わりに近づいてるって自覚が出てきたのはOTEMON HYOCOMI(表現コミュニケーションコースの歩みを題材にしたダンス作品)の創作期間入ってから(2年の2学期)だと思います。ホントに早すぎて、時間が過ぎるのが。
―先生らから「最後だよ」ってよく言われてたと思うんやけど、それについてはどう思ってた?
言われましたね笑 私はぐぅって責任感を感じちゃうというよりかは身が引き締まるって感じやったから、私はなんか言ってくれてるっていう方が、「あっやらないと!」ってなってたから私はそこに対してむっちゃ重圧を感じたりとかは無かったです。ただ、でも自分がやってることに対しては全力で取り組まないといけないなっていう感覚はあったし、やっぱり私より何倍も何倍も関わってきてる先生から出る最後っていう言葉…なんか重たさが違うから、その最後っていうことをきちんと背負いたいって思いました。偶然やけどそれが偶然やったとしたらすごいことやなって思うし。8で終わるってのがすごい(8は横にすると無限大の意味をもつ)、すごくないですか?私的に寂しいけどやっぱりここを卒業していった人たちには絶対表コミっていうものが絶対に存在するから…なんかスピリチュアルじゃないけどずっと続いていくっていうのがあるって私は思ってます。
―表コミの最終公演のクリエーションは、どういうものとして残ってる?
私の中では、ホントに学年関係なく関われたっていうのがすごい大きかった。やっぱりどの公演の中でもずっと3年間一緒にいたっていうメンバーじゃないからこそ出せた部分っていうのも大きかったし、1番最近やからってのもあると思うんですけどキラキラしている感じ、ずっとそこだけ色褪せないっていうか、ずっとカラーで残ってる。
―先輩と喋るやん?どんなこと喋ってたん?
基本的にはダンスのここどうする?とか。同級生とはまた違うけど表コミの仲間なんだって思いました。
―クリエーションの中で先輩らの記憶を聞いたり、実際に踊りをみたりするので、「表コミ」への印象って変わった?
3年間の印象自体は変わらないですけど、意識は変わりました。伝統を感じるというか…。先輩のダンス公演の振り付け踊ってたじゃないですか。その中にもやっぱり自分たちと共通する部分があったりとか、先輩がエポックを踊っているのとか、一緒のメニューストレッチをしてるとか。先輩たちの愛の記憶を話してくれたり。私はずっと外からは見てたけど中は知らないから…生きてる歴史がいっぱいあって…そこに自分がいるっていうのが、しかも自分が1番新しい学年でいるってのがすごい不思議な感覚っていうか…ここに私はちゃんと存在したっていうのが残っていくんだなって思いました。あと、やっぱり身体って覚えてるんやなって思いました。すごくないですか?普通に4年ぐらい経ったら忘れちゃうと思うんですけど、曲がかかったりと、どっかの振りキッカケで「あーこここーやった!」みたいな言ってる先輩たちがほとんどで、身体が覚えてるってすごいんやなって思いました。しかも先生もほとんど覚えてたじゃないですか?あっここはこうやったわ!みたいなのやってて、え、そんな8代もつくってんのに覚えてんの‼︎って凄すぎるって思って見てました。
―そうやね〜。それこそさっきの本気の話じゃないけど、毎回がマジで120%の戦いやから、なんか残っとるんよね。生徒もやっぱり覚えてるし、その都度生きてる実感を得られていたから残っているのかなって思うね。
息できてたって感じがあります。深呼吸してって言われた時にラジオ体操の深呼吸とはまた違って、なんかもう全身で呼吸できるというか。表コミでは、何かが自分の中を巡ってるっていうのをすごい感じられる。それを先輩とかと話した時に、私の身体にも流れてるし先輩の身体にも流れてる共通する巡るものがあるっていうのをすごい感じました。
―表コミの大人はどんな風に見えてた?
全力な大人の存在がありがたかったです。やからこそこっちが恥じらいなく全力でカッコ悪いところを見せれたり、失敗できるし。やっぱりその失敗がないと絶対に次につながらないから。失敗するのが怖くなくなりました私、ここに来てから。大学行ってもとりあえず話しかけてみたりとか、まずやってみるっていうのを意識…なんか意識しなくてもできるようにっていうかじゃないけど。根底に芽生えた、根付いたっていうのがあります。
―元々は、失敗するの嫌なタイプだったよね?
めっちゃ嫌でした。失敗したら終わりって思ってました。それで笑われるっていうのが…中学校の時、見た目でいじられたりとか。背も大きかったし。自分たちをネタにしてるけどそれを受け入れないといけないと思ってたし、それで笑われるのが当たり前と思ってたから余計に笑われるっていうのが怖かったし。ここで失敗した時に笑われるってなんかそれとはまた違って、失敗しても何やってんの?ってなるけどその後にほんまダッサイなじゃなくて、もっかいやろうっていう話題やったから、そこで初めて失敗して笑っていいよって意味が変わったかんじで。あと、コロナが中学2年生終わりくらいからはじまって1番大事な時期がごっそり無かったからどんどんうち内になったし、部屋から一歩も1日出ないみたいな子でした私。家族と話すときも自分の趣味の話だけ。でもそれをちょっと違う角度で言われたら自分の考え以外受け付けないからめっちゃイライラするみたいな笑
ーええ〜(笑)意外!お母さんたちからみても変わったなって思うのかな?
はい!言ってます。成長したのはもちろんやけど、強くなったって言われました。ちっちゃい時はめっちゃナヨナヨしてたし中学生になってから変な虚勢を張るようになってたから、この子いつかメンタル面でやられへんかな?って思ってたらしいんですよ。けど、表コミ入ってから自分からぶつかりにいってるっていうのをお母さんとかは見てて思ったらしくて。お父さんに怒られた時に、昔は何も言えなかったんですけど、それはお父さんがコウコウコウやからじゃない?みたいな感じに言い返せるようになったというか。

ーそんな風にゆいかを変化させた理由はシンプルに言うと、何やと思う?
人との関わり方とかかなって思います。普通って男女間で触らないじゃないですか。私は言葉でいっぱい言われて無理やりほぐされるよりも、ダイレクトにしっかりじっくり触って確かめる。感覚としてちゃんと自分の中に証拠を残すじゃないけど実感するってことが大きかったかなと思います。実感を得られるというのが表コミの授業では毎回あったから、振り返り書くときも困らないんですよ。いっぱい新しいことが見つかるから。同じワークをやってもやっぱり前回やった時とはちょっと感覚が違ったり。天気に左右されるとかマジでわからないとかだったんですけど、それがわかるようになりました笑 細かくなったというか。ジャンルで見てたものが部品として見えるようになった感じがあります。
―身体の感覚も、身体への意識も細分化されたってことやね。
そうですね。ホントに入れてよかったです。私はでも逆にここ以外入ってたらどうなってるんやろって笑 怖くて想像できないです。
ーでも、ゆいかがあんまり落ち込んでる様子があんまり印象にないんだよね。
そうですか?落ち込むときも多分あったと思うんですけど、でも自分の中でそれを消化できるようになったとうか。まずは原因を考えてみようっていう風になれたから、明日はこうしたらいっかっていう風になれるかな?とか…だから家でもホンマに落ち込んだこと無いと思いますこの3年間。あとはやっぱり、絶対に相談したら受け止めてくれる大人が表コミにはいるから…それが大きかったです。
―ありがとう。表コミを色で例えると何色ですか?
私は虹色やと思います。太陽って白いけど、あれって何十色も色あるっていうじゃないですか。そんな感じです。何十色も何百色も色が集まって大きな光になるみたいなイメージ。色って言ったら難しいけど…いろんな暗い色も集まってこその光、白になるって感じ。難しい色で表すの笑 簡単なオレンジとかでは無いです。あったかい温度がある白色、やし細かくみたら虹色だし。後ろ張ってるじゃないですか?ホントにあのイメージです。みんながみんな輝いてるっていう。
みんな違うことしてる笑
みんな違うポーズやけどでもみんな!わかるじゃないですか?素敵やなーってすっごい思います。
<最後に一言!>
表コミは私の大切な1部です。

ヒョーコミプレゼンツ!#17 卒業生インタビュー 【清水優葵】

ヒョーコミプレゼンツ!#17
卒業生インタビュー
5期生 清水優葵さんです!
今は東京で法律について学んでいるゆうき。3年間で人前に立つ恐怖がなくなって、他者との関わりに積極的になれたそうです。社会で今どのように生きようとしているのか、聞きました!!
在学中に、インタビュアーは表現科教諭の福岡がつとめます☆
―今の所属は?
―就活中?
国家試験勉強中で4年に受けます。
―高校三年間表コミで過ごした3年間っていうのはゆうきにとってどんな時間でしたか?
通っててよかったなって思います(笑) 大学に入ったときに他の人の消極的な感じとかを見て、「やっぱりこれが普通なんだ」って感じました。自分も元々積極的なタイプじゃなかったので、ここ来なかったら私も周りの消極的な人たちと多分同じ感じだったんだろうなって思ったんです。表コミにいたから、自分の考え方を発信したり、自分の意見をもって行動できるようになったし、それがやっぱり大学入ったときの行動力にもつながったので、ここで主体性とか自分で考えて動くっていう力をつけといてよかったな、 表コミで過ごせてよかったなって思ってます。
―消極的に感じるっていうのは、どんなところが違いとしてみえるの?
例えば簡単なところで言ったら5期生はみんな表コミの授業でも普通の授業でも、自分の思っていることを手を上げて発言したりとか、コールアンドレスポンスが取れている状況とかが常にあったけど、大学に入ったら少人数のクラスであっても発言しない人が多くて、グループワークとかでもほとんどの人が意見を言わないくらい消極的、誰かが意見を言ったらそれに“いいね”っていうくらいなので、・・・なのでそもそもグループワークが成立してないっていうか、気づけば個人作業になってるな~っていうところは表コミとの違いだと思います。
ーゆうきはさ、3年間で自分は変わったって思う?
思います(笑)
ー何が変わったと思う?
うーん…もともといろんなことを頭の中でぐるぐる考えるタイプで、それを吐き出しきれないというか考えて終わっちゃうタイプで、それが表コミに入って、動きとか声とか、いろんな形にすることで目に見えるから自分の考えてることが具体化されるようになって、そこからまた新たな次の考えに結びつくようになったなって思いますし、考える力も強くなって主体的になったなって思います。
ーぐるぐるして外に出せなかったっていうのはだす方法が分からなかったの?それとも周りに気をつかって出さなかったの?
どっちもあります。それこそ中学生の時とか、仲のいい友達に自分の考えが言えないわけではなかったんですけど。私がぐるぐる考えてたことが、その子に対して思ってることじゃなくて、基本的には社会とか学校に対して思ってることで、簡単に話せない話題だったっていうのもありましたし、言葉足らずっていうか語彙力の不足とか欠如で出せなかったというのもあったかなって思います。

ー日常で誰かにアウトプットしたり、舞台の上で自分のことを語ったり踊ったりするっていう経験はゆうきにとってはどういうことに繋がった?
まず人前に立つ怖さとかがなくなりました。今人前で発表してって言われても臆することなくそれをできるし、発信するってことに対して恐怖心がないので、なんなら周りの人の意見を巻き込んで自分の発表に取り組めるようになったりとか、前に立つ…うーん…ただインプットするだけじゃないアウトプットの場があったことでやっぱり前に立つこと、発表することの恐怖は無くなったなって思います。
ーそれはさなんで逆に怖かったの?
批判されたりするのが怖かったです。発表するときはむしろ「聞かないで」って心の中で思ってたし、逆に誰も聞いてない雰囲気だと、何も言われないから「よかった~」って安心してました(笑)なんですけど、1番怖かったのは笑われたりすることで、それが本当に怖かったし、嫌だった。でも高校はそういう嫌な空気がなくて、みんなが真剣に聞いてくれるし、いいねって言ってくれて、みんなが作るポジティブな空間があったからこそ、高校では発表が怖かったことも無いし、嫌だなって思ったことも無かったです。今もポジティブに捉えて受け取ってくれる人の存在を大切にしながら発表することにしています。
ーゆうきは誰かの発表を見る時も逆にポジティブに見ようって思ったりするの?
聞いてる途中にそこ違うな”って思ったことがあっても発表してる間はできるだけ頷いたりとか前のめりで聞くようにして、その人が発表しやすい空間とか聞いてるよっていうアクションを起こして相手にできるだけ伝えるようにしています。
ー3年間で学んだことと言われたらなんて答える?
うーん…周りの人に感謝するとか周りの人を大切にすることを学んだなって思います。

ーどんな場面でそう感じるようになったの?
公演とかの活動が大きいです。それぞれの公演が結構ハードで、練習時間もたくさん必要だったから、絶対に自分だけじゃできなかった。それを支えてくれる人とか一緒につくってくれる人がいなかったら作品も完成しないし、学びとか成果も得られなかったなって感じて、そこから自分一人では絶対生きていけないなって学んだし、これからもなにかするなかで絶対に周りの人を蔑ろにして進めちゃだめだなって思うようになりました。
ー最初さ、留学した時に一人で生きていくことの難しさを感じたって言ってたじゃん?その1人で生きていくことは大切だっていうこととはなんかちょっと違う?
それまでは私の思う1人で生きていくっていうのが自分の決断を自分でするとか、自分のことに責任を持つとか、そういう個人の強さを持つことが1人で生きることなんだっていう「個人主義」で、そういうのがなんとなく難しいなって感じでした。けど、表コミの公演とかを通して、どんなことも自分1人じゃ成立しなくて、しかも他人の時間を使ったり、迷惑をかけることもあるし、支え合わないと成立しないことがいっぱいあるんだということに気が付いて…それに、自分の欠けているところとか、逆にいいところも気づかせてくれたのは5期生のみんなとか先生とか周りの人だったので、そういう意味で「1人で生きる」って難しいなって思いました。もちろん結局はグループワークとかも個人の集合体でできるものだから、「個人」とか「1人で生きる」みたいな根底にあるものは変わらないと思うし、責任を持つとかそういう個人の強さはどんな場面でも役に立つと思うけど、本当に淡々とした個人プレーで求められる軸と、社会の中で求められる軸や、大切にすべきもの、「優先度」みたいなのは違うんだなって。今はそこを区別して考えてます。
ー両方必要だってことだね。自分自身で考えて決断していくっていうこととその周りにいる他者っていうのも大切にするっていうことが、いわゆるゆうきが今考えている人生を豊かにするための大切なことなのかな?
社会に一歩出たら外的要因が必ずあると思うので、それを全部無視するんじゃなくて、一回自分の中において、その上で判断することが必要だなと思っています。自分の中だけで考えて完結するんじゃなくて、社会の中では人との繋がりとかがめっちゃ大事だと思ってるので、他者も大切にするっていうのは人生の豊かさに必要なことなのかな~と思ってます。
ーゆうきは結構座学の勉強とかもすごい真面目に取り組んでる印象があるけど、座学の学びとどういう違いがあったと思う?
これはいま国家試験の勉強をしてるから感じるんですけど、勉強ばっかりしてると詰まってくるんです(笑)頭に入らなくなってきて。将来役に立つことだってわかってはいるけど、なんで勉強してるんだろう?みたいな気持ちだけが先行して大きくなってきて。けど表現の授業でほかのアーティストさんを呼んだりとか、ホームレスの方のお話を聞いたりを繰り返す中で、そういった方を支えるために勉強が必要なんだ、とかそういう座学と実践の繋がりが濃く見えた、実感できたからこそ勉強も真剣に取り組めたのかなって思います。
ーやりたいと思ったことが実現するためには知識が必要みたいなことだよね?
そうですね。
ークラスメイトってどんな関係というか、今でもいいし最初とは全然違うと思うんだけど、一緒に学んでた仲間についてはどう思いますか?
率直に楽しいメンバーだったなっていう感じで(笑)今までに全く出会ったことのないタイプしかいなかったです(笑)

ー結構タイプが違う人が集まったじゃんか。それはまあ良さと悪さがあったと思うけど、どう思う?
結果論なんですけど、それはよかったと思っています。当たり前だけど社会に出たら自分と違う人しかいなくて、すっごく優しい人もいれば、すっごく怒りっぽい人もいたり、自分にとってはいい人だけど、すごく腹立たしい性に合わない人もいたり…。5期生もいろんなタイプの人がいたから、自分と違う人にどう接していくかっていうのを学べたし、自分が変わるとか、相手に期待しすぎないとか、自分が接し方を工夫していけば相手からの接し方も変わるんだなっていうことを学べたっていう良さがありました。
だから大学生になって最初合わないなって思っても自分がどう接していくかを探っていくことでその間柄がよくなったりとかすることも何回かありました。
ーじゃあ表コミを色に例えると何色だと思いますか?
うーん…赤!
ー赤!なぜ?
表コミはエネルギーの塊だなって思います。エネルギーといったらやっぱり元気な色のイメージだから赤です!演習室に入ればみんながわちゃわちゃしていて、あんまり演習室に暗い人がいない。教室とかだと結構疲れ果ててる人とか落ち込んでる人とかその日の気分で個々の色があるなっていう風に思うんですけど、演習室にすっごい暗い人とかってほとんどいないなって今思いました。前日の筋肉痛が残ってるとかあったんですけど、始まったらやるぞっていうスイッチが入るし、気付いたらその筋肉痛がある状態でもみんなが自由に動き回ってすごく元気な空間が作られてる。あと表コミの先生が明るかった。他の授業だと結構暗い先生とか疲れ果ててる雰囲気の先生とかもいて(笑)でも暗い空気で入ってきたら教室がその空気になっちゃうっていうか…。でも演習室であんまり暗い空気はなかったし、特に高校生にとって先生とかってすごく大きい存在だし、大きいエネルギーだから、そこで主導となる先生が明るいテンションとかエネルギーをもって入ってくると、やっぱりそこの空間も明るくなるのかなって思います。
だから表コミ全体がエネルギーの集まり、それを表すのは赤だなって思います!

<最後に一言>
人見知りで消極的だった自分が大きく変われたのは間違いなく表コミのおかげです。
あの3年間、弱い自分に向き合ってくれたクラスメイトや先生たちがいたから今の自分があります。たくさんの成長と、笑いと、涙と、経験で心を豊かにしてくれた表コミ、本当に表コミの3年間は私の宝物です。小さなことの積み重ねが大きな花を咲かせることも表コミが3年という時間をかけて教えてくれました。表コミで受けたたくさんの愛を、少しずつ社会や人に恩返しできるように、学び続け、日々成長していきます!
表コミ、ほんとうにありがとう!!
ヒョーコミプレゼンツ!#16 卒業生インタビュー 【土田倭也】

ヒョーコミプレゼンツ!#16
卒業生インタビュー
5期生 土田倭也くんです!
3年間の時間を経て、少しずつプライドや固定概念を手放して自由を手にしていったつっちー。今は、パフォーミングアーツを学んでいます。人に対して無関心だったところから、なぜ人に興味が生まれてきたのか。聞いてみました★
在学中に、インタビュアーは表現科教諭の福岡がつとめます☆
ー今の所属は?
ーどんなことを学んでいるの?
今は演劇とダンスを中心に勉強しています。授業が自分の希望でとれるので、内容の割合は演技3でダンス1くらいの割合ですかね。同級生は20名程度いて、自分以外は演劇志望の子が多いです。好き嫌いでいうと、ゼロベースでクリエーションできるダンスの自由さが好きなんですけど、結局、ダンスでも演劇の視点て必要なんで、今は両方大事だと感じて取り組んでいます。
ー今、演劇とダンスを並行して学んでいると思うんだけど、それぞれの違いとか、活かされるな〜みたいなことある?
ん〜そうですね、僕の場合、ダンスを学びに行ったんですけど、演劇をする機会も多くて・・・そのことで視点が広がって、他視点で捉えることが面白味に変わるような気がしています。この前、大学の公演で初めてちゃんと演劇したんですけど、なんか、演劇は文字を見て、視覚から得た情報から深く考えて、意味づけする必要があると思って。セリフから、どんな感情で読むのかどう言葉の意味を捉えるかみたいなことを考えたんです。それがダンスでいうと、振付をどう解釈するか、意味づけするのかっていうとこに役立ってるなって思います。あとは、そもそも演劇は嘘で、ダンスは本物なんだなって最近思いますね〜。まぁ、ダンスは身体だから説得力があるし。
ーわかる。演劇はすごく空想に広がるけど、ダンスは身体を伴うから実存してる現実って感じだよね。では、表コミでの3年間を振り返って、印象に残っていることある?
そうですね。自画像・・・ですかね。今、演劇をやっていて思うんですけど役者のファーストステップって感じでした。演劇って、言葉と身体の重なりを考える必要があって。演じる時の「イメージ」を持つことだったり、自分自身を見つめて「自分って何?」「自分の性格は何?」って考えることが、最終的に自分の見せ方が変わると思うんです。それが自画像の過程の中で、行われるからすごい基礎的な部分を訓練されてたんだなって、今では思います。あと、自分自身は常にアップデートされるものだから、その時にどういう自分であるかを客観的に見れていないと、人間関係も悪くなると思うから、自画像で自分を客観視して見るという経験は自分が生きやすくなるものでした。最初、ほんと人に無関心でしたし(笑)
ー確かに(笑)人のこと興味なかったよね。今でも無関心なの?
ん〜無関心なのは、今でもあるんですけど、ダンス公演をきっかけに人に興味を持つようになって人と話すと面白いってことに気づいたんですよね。

ーダンス公演か〜!覚えてる(笑)稽古終わった後、アトリエ覗いたらめっちゃおっきい声で言い合ってたの覚えてる。つっちーあんな大きい声出すんだってびっくりしたけど、でも言い合って以降、グループの関係がよくなっていったよね。あの経験が残ってるの?
そうですね、うわあ〜〜〜〜恥ずかしい、恥ずかしい・・・(笑)クリエイションのときに自分だけ頑張ってもうまくいかなくて。最初は自分ができるって思ってたけどクリエイションをしていく中で相手の意見の方が面白いんじゃね?って思うことがあって、それから相手の意見も聞いてみようと思ったら意外と面白くて。煮詰まって意見を言い合った時に、相手は自分の鏡だから、結局自分が変わらないと変わらないってことに気づいて、自分が変わって感情を正直にぶつけてみようと思ったんですよね。そうしてみたら関係に変化が起こったんです。その時は、そんなに冷静ではなかったけど・・・それまでは人に感情を出すのが嫌で。衝突はめんどくさいから避けてきてたんですけど、それ以来、今は、感情を出すことに抵抗はなくなって、前より生きやすくなりました。
ー感情を出すことって、なかなか難しいと思うんだけどそれってどんな過程で感情を出せるようになったの?
ん〜〜やっぱり、表コミの授業で純粋な疑問とか不満とかを消さずに、言い合うこととか、自分が思ったことを相手に伝えることとかを繰り返してて、感情を少しずつ表に出すことができるようになったのかなと思います。ランダムウォークとかもそうですけど、相手がオープンだとこっちも引き出されるっていうか、5期は最初からエネルギー強めの人が多かったので、それに引っ張られたのもあるかもしれないです。
ーそうやね。5期はほんとうに入学した時からすごかった(笑)どんなワークやっても勝手に遊び始めちゃうし、エネルギーが何より強かったね。じゃあ、つっちーの表コミでの学びって言われると何?
人との接し方ですかね。ダンス公演の時もそうでしたけどやっぱり、「話さない」とその人を理解できないし、まずは話してみないとわからないと思うし。無関心だった僕が人に興味を持って、今話してみないとわからないって言っていること自体成長だと思いますね。
ー何がその学びを支えていたんだと思う?
ん〜僕、在学中、失敗しかしてないイメージなんですよね(笑)失敗ができる環境だったし、失敗しても受け入れてくれる環境だったのが良かったような気がします。まずは思ったことをやってみるっていうか、話し合ってみるとか。結果的によくなくても、やらないよりはやった方が何かしら得られるものがあるし。評価されるのは「結果」であっても、その過程が自分に自信を与えてくれるということを知りました。だから今は、質問すること、失敗することに恥や恐れがあまりなし、「やりたいこと」に純粋にやりたい気持ちが強くなりました。
―つっちーにとって、高校、表コミでの3年間どんな時間だった?
一生で必要な大切なことを学んだ時間ですね。

―表コミの生活の中で、印象に残っている言葉は?
いしい先生に言われた「人ってわからないんだよ」っていう言葉を今でも覚えています。人とどこまで話し合ったって、どこまで向き合ったって、その人のことを全て理解することはできないなって実感していて。100%人を理解することはできないから、わからないからこそ、その人をちゃんとみて、ただ向き合うこと、対話することが必要なんだと思います。僕の場合、わからないからこそ、人のことを知りたくなるんですよね。
―そうだよね。わからないからこそ、興味が湧いてくるよね。今は、ダンスや演劇を学んでいるけど将来はどんなふうに考えている?
海外に住んでみたいですね。どんな感じであれ、自分の身体を使って踊りたいっていう欲があります。でも、ダンサーになるっていうわけではなくて、コミュニティダンスとかも生み出せるようなテクニックは必要だと思うから、学びたいと思っています。
―表コミを色で例えると?
ん〜黒ですかね。全部の色を混ぜると真っ黒になるから。表コミはいろんな色があるけど、統一感があるんですよね。人の色、学んだこと、各公演活動、いろんなことがたくさんあってそれが全部まとまっている感じ。あとは、表コミの先生は黒を着ていたからかな。

―表コミの先生たちのことはどう見えていたの?
なんかずっと先生たちも一緒にいる感覚でしたね。「先生」としてみる人もいたけど、1人の人間として話できる人たちって感じです。先生の弱いところも見せてくれている感じがあったので、先生というよりは1人の人間って感じで、尊敬しています。
―ありがとう!これからも頑張ってね!!
<最後に一言!>
人は一人では生きられないなーって思います。
何かしら補ったり、補われたりしている。
もちろん誰かと一緒に関わると、怒ったり泣いたり、ネガティブな感情も出てくる。それを避けながら自分は生きてたけど、実はそれが素敵なことだと思うようになりました。自分のこういう部分が良くないとか相手のこういう部分が良いのか!みたいな。衝突があるからこそ見えない部分が見えて、そこから新しい価値や考えが出来上がってくるのがいいなーって思います。
もちろん一人の方が楽だと思います。
だけど、それだと人の気持ちが理解できずに生きにくなりそうで怖いです(笑)
そんな風に学べたのは表コミがあったからです。
これからここで学んだことをもっと自分なりに表現して、問うていきたいです!
色んな人と関わりながら!!

ヒョーコミプレゼンツ!#15 卒業生インタビュー 【北川琳菜】

ヒョーコミプレゼンツ!#15
卒業生インタビュー
6期生 北川琳菜さんです!
中学校の時に不登校を経験したりんちゃん。正義感が強く真面目な性格が故に、自分との違いを受け入れられなかったそう。しかし高校では、元気に学校に通いクラスの中心的な存在でもありました。今回は、りんなの成長を傍で見守ってくださったお母様(北川有子さん)も含めて、なぜ学校に足が向くようになったのかお話を伺いました!!
インタビュアーは表現科教諭の福岡と岡市がつとめます☆
ー今の所属は?
ーなんで心理に行こうと思ったの?
心理にしたのはやっぱり中学の時の不登校がやっぱ1番大きいかな。中学校の時は人の気持ちが知りたいから心理を学びたいって思っていたけど、高校に入ってからは、その、自分がなんでそうなってしまったのか、今の自分ってなんなんやろう結局ってことを考えたくて入りました。
ーいつぐらいから不登校になったの?
(りんな)不登校になったのは2年生の冬?
(母)2月。でも小学5年生くらいの時から結構、ちょこちょこ月に2回休む。月曜から金曜まで休むっていうことがちょぼちょぼあって。
ーきっかけは何だったの?答えられる範囲でいいからね。
(りんな)んー大きめのきっかけは、気が合わんグループに入っちゃって、で、その子たちは割と人にやってもらおうとか、むっちゃちっちゃいけど、体育の片付けはその子たちはやらないけど、私はやりたい。私は1人でやる。で、それに誰も賛同してくれる人がいなかった、っていうのが自分の中では辛くて。で、一緒にやろうって声をかける勇気もなかったら、1人でやってて、うわぁ自分1人やってるわ、ってどんどんどんどん孤独になって。あと、生徒会長とか部長もやってたんですよ。その時の生徒会の先生も結構変わった先生で。なんでも生徒会部員に投げてきて、案出したら「おかしいんちゃう」ってぶった斬られて、それがなんか理不尽やなぁっていうのも思ってて、でもやらなあかんって思って。その責任がしんどくなって。
ー昔から責任感が強かったんやね。そっからどれくらいの期間、不登校は続いたの?
(りんな)2年生、3年生は1学期まるまる行ってないですね。
ーそうなんだ。お母さんも大変でしたね。
(母)家族が大変。大変ですよ。うちに子供がずっといるんですよ。
ーその期間、どうしてたんですか?家では
(母)この子はまず朝起きてこない。ずーっと寝てるし。5年生くらいから頭、お腹、頭が痛いから休むって言って。朝も声かけに行くんですけど、起きなくて、もう言っても無駄なので私は置いて仕事に行くんですけど、そしたら3時くらいに帰ったらおんなじ格好で寝てるんですよ。ずーっと寝てる。起きられない。
(りんな)一回も起きないんです、3時まで。
ーえ?朝から!?ご飯も食べず!?
(りんな)うん、目覚めたら4時とか3時。
(母)もともとそういう気はあったと思うんですけど、まぁ思春期っていうのと、もともと持っている性格というか気質、みたいなものがあって不登校になったんだと思います。
ー元々持ってた気質がっておっしゃってましたけど、りんなの性格的にどんなところが…
(母)小さい時からすぐ怒るんです(笑)で、学校行っても正義感が強いから先生が「こうしなさい」って言ったことをしなきゃいけないと思っているのか、男子がどうのこうのっていっつも怒ってる。ちゃんとやらないといけないと思いすぎているからやってない人のことがが腹立つ。あと、普通の人はスルーするようなことも全部受け止めるから、腹が立って。それは今でも変わりなくて、そんなことで怒るか?みたいなことよくあります。
(りんな)なんで怒ってるの?も私めっちゃ聞くんですよ。家族とかに「なんで私怒られてるん今」ってすぐ言っちゃうんですけど、それは自分の中でなんかいつもと言い方が違うって思っちゃうんですよね。なんかちょっと違う。
ー敏感にわかるんかもね。じゃ、高校にくる前はあんまり学校には行けてなかったんやね。そこからなんで、表コミ入ろうと思ったの?
(りんな)決めたのはエポック見てです。すごかったんです、その時の私にとって。いまでも覚えてます。もうほんとすごくて、ほんまに。めっちゃ目がキラキラやって、こんな高校生おるん!?って。目がキラキラして、ほんまに光って見えて。でなんか別に踊れてるわけじゃないんですよ。上手に踊れてるわけじゃないんですけど。ちょうど通路の横で踊ってて男の先輩が。振動と言うか。私の心と一緒に。すごい!と思って。女性陣も笑顔がピカー!!ってなっててびっくりしました。で帰りの車の中で私はここを受けたいって言いました。
ー憧れがあった?
(りんな)憧れですね。ああなりたいってむっちゃ思いました。もしかしたらここきたらこうなれるかもしれん、みたいな。

ーそれで入ってみてどうだった?1年生の時はしんどかったか。
(りんな)1年生の時は先生が怖かったです。
ーもともと先生に対しては(怖さが)あるの?
(りんな)あります、あります。もう先生!って。先生の言ったことは絶対やし、不満も抱かんし。振り返り書くのとかも辛かったです。これはなにを書いたら先生はOKって思うんだろうって。めっちゃ多いじゃないですか、こんないっぱい何を書けば満足するんだ!ってめっちゃ時間かかってました。
ー満足するんだ、って(笑)
(りんな)全然趣旨は間違ってるけど、課題として先生が満足するものを書いてました。
ーでも、それがだいぶ崩れた?
(りんな)崩れました。
ーそのきっかけはなんだったの?
(りんな)怖くなくなったのはダンス公演。福岡先生と一回、ダンスの振りを作ったんですよ。アンタッチの時に2人ペアになって、ひいろと何人かで一緒に作って。2曲目の頭の。あそこを一緒に作った時に私が言ったんですよ、この振りどうですか?みたいな。それを受け入れてくれたんですよ。あ、いいねって言ってそれを入れてくれて。それがめっちゃ嬉しくて。聞いてくれるんやって。
ーなにが響くかわかんないね(笑)じゃあ、高校3年間で1番印象に残っていることは何?
(りんな)私は絶対ダンス公演!踊るのめっちゃ好きじゃなかったし。嫌いやったしなんなら。なんで踊らないといけんのやって思ってたけど、小グループの作品創作の中でなにも怒ることもなく、一回も怒られたこともなく終わって、それで慢心することもなくやれていて。すっごい楽しかった。すごいグループのみんなに対して尊敬がありました。

ーそこでは何を学んだの?
(りんな)意見を言ってもいいんやなって言うのはすごい学びました。結構言わんと始まらないから。何言ってもいいよって言う空気をみんなで作れてたから、ダンス振り付けるのも作るのもみんなでやってたし、すっごい協働って感じでした。公演全体も繋がりでしたね。1回目の公演、私めっちゃミスしてしまって、タイミングミスっちゃって。泣いちゃって。
ー終わってから鬼の練習してたね(笑)
(りんな)めっちゃ練習しましたね。それは失敗するのが怖いとかじゃなくて、どうしても成功させたくて。みんなで作ってるから。ダンス公演ってバトンをめっちゃ渡すじゃないですか。あのバトンを渡していく感覚がそこで身についたと思うんです。ぶつ切りじゃなくて、みんなでこの舞台を作ってるんだよっていうのがすごく感じていたので、悔しかった。
ー舞台当日にそれは感じたの?
(りんな)いや、制作過程の中でも感じました。最初は個々で練習をしてて、じゃ一回通してみよう!ってなった時に最初はバラバラやなっと思って。でも練習重ねて、完成度が上がるごとにみんなの気持ちも、自分はここにいないけどこの気持ちを残して次の人もその場に入っていく、その場を温めて次に行くみたいなことを意識しているのをすごく感じて。本番は、さらにみんなで思いを繋いでるってことが実感できて・・・今でも残ってます。
ーそうか〜。でもなんで、高校にはずっと来れてたの?
(りんな)好きだったんですよね、先生とか友達が。友達が特に。仲間が。全員好きでしたね。
ーなんで好きになれたの?中学校とは違って。
(りんな)やろうって気持ちがみんなあったかな。真面目ってのもあったけど、私がやらなくても誰かがやってくれるとかが初めてだったから結構びっくりして、私じゃなくて誰かやってくれるんやみたいな、それはすごいありました。あと勉強が楽しかったです。
ー普通にいたら言われるもんね。なんでやるの?とか目立つしね。じゃクラスとか仲間っていうのはりんちゃんにとってどんな存在だった?
(りんな)切っても切り離せへんから、ある意味家族みたいな感じですかね。ほんまにそれこそ学校にいる時間長すぎて、「こいつウザ!」っていうのももちろんあるし、「えっ」て思うこともあるけど、それ言ってたら始まらんし、ってのがあったかな。男とか女じゃなくて、人として一緒にいる人たち。家族は言い過ぎかもしれんけど、安心します。
ー最初からそうだったの?
(りんな)全然。2年の終わりぐらいから。最初は、変わった子が多いな。不思議な子もいるしって思ってたけど、他者と協力しないとできない課題とか、日常の授業の中で触れ合うとかで少しずつ変わっていった感じ…。

ー日常の授業で触れ合う以外にどういうことが自分たちの関係に影響していると思う?
(りんな)私、円になってみんなに話すとか結構大事やったなって思ってて。しかもちゃんと綺麗な円になって、みんなの顔も見れるし誰がどこにいるでもなく、みんなが円の中にいるっていうのが授業の中で好きでした。
ー優劣がないってこと?
(りんな)うん。
ー中学の時は「何でやってくれないんだ」って怒ってたじゃん、自分の正義感に合わない人はもう無理ってなってたじゃん。そっからなぜその人はそうなんだって他者の軸も認められるようになったの?
(りんな)絶対表コミのカリキュラムの中で、普通の授業でもフィードバックの中で先生たちが否定することもなく、ダメだってのけ者にすることもなくみんな同じようにしてたし。あと私、絶対関わってなかったと思うんですよ、そういう子たちがいたら。この場じゃなかったら。けど確実に関わらないといけないじゃないですか。無理やり2人ペアになるし。勝手にグループ作られてるし。ってなったら普通やったら嫌な所しか見えてこうけんけど、この子こんな一面もあるんやって、一緒にならんかったら見えんかったところが表コミではたくさんあって、嫌でも接する機会があったのが良かったのかも。
ーりんちゃんは誰かが欠けてもダメだったって思ってるの?
(りんな)思ってます。もともと好きじゃないです、誰かが欠けるとか。
ーでも中学校の時は自分が欠けてたじゃん?
(りんな)なんも思ってなかったな。
ーどっからそう思ってきたんだろうね。自分自身への捉え方が変わった瞬間とかある?
(りんな)私あんまそれはいつとかはないかもしれないけど、いつの間にか自分を正当に評価しようと思うようにしたんですよ。私、自分を下げて他人を上げるっていうのが結構やっちゃいがちやけど、それってたぶん誰のためにもならないなって思って。私は出来ないんだって思うのってすごい簡単で。出来ないって思えば失敗も怖くないし、ちゃんと見たら私はこれは出来るな、とかが実はあって。自分をちゃんと分かるのが人のためにもなるんかなってます。この場に対して貢献するときに自分がどういう性質やから、これは私がやるのがいいとか、自分の事を卑下しすぎないことが大事なんかなって私はどこかで気付いて、それを実践するようにしてました。
ー1年生の時は、すごい周りと比較して落ち込んでたよね。「みんななんでダンスできるんや」「なんで出来ないんだ」ってめっちゃ練習してた記憶はすごいある。
(りんな)めっちゃ練習してました(笑)それは比較してたから練習してた。
ーけど、ダンス公演くらいになるとその域じゃないなと思って、それこそ小作品とかは比較とかはしてないし、アンタッチとかでもそのことは考えてなかったと思うし。なんかその面でいうと1年生のその感じとは違う印象がある。まして卒業公演なんて髪ぐちゃぐちゃにしてその領域ではないところまでいってたじゃん。なんで、そうなったんだろうね?
(りんな)んー。でも信頼出来るようになったからやと思います。先生たちを。なんか、何やっても大丈夫なんだって2年生なった頃から、ダンスつくる過程の中でだんだん思えるようになって、別に見んでも大丈夫みたいな。

ーお母さんから見てて、3年間どんな風に変わりました?
(母)たぶん一番良かったのはお友達が良かったですね。家にも5,6人で来る子たちの前でりんなが普通のりんなでいるんです。中学校の友達とか来てたら妙にハイテンションで装ってるというか、嘘というか、演技して、無理してた感じがあったんですけど、素で、無理しないでいられる友達が出来たことが変化ですかね。それこそ入学してすぐの時、なんか名前はわかんないけど誰かに身体を預けるとか、そういうのが一番出来なかったって言って帰ってきて。
ー相手の背中に重心を預けて立ったり座ったりするやつですかね?
(母)そうですかね?人を信用してないっていうやつ。
(りんな)乗るやつ。人の上に。あれ最初出来なくて、私だけやらなかったんですよね。どうしても出来なくて、それはやらなかったってめっちゃ覚えてます。
(母)背中併せて立ち上がるやつもできないし、そういうのが出来るようになったっていうのはりんなの中で変わったからだと思うし。そういうのは変われたというのが良かったんじゃないかなと思います。
ーお母さんは定期的に公演を見に来てくださってたと思うんですけど、それはどう捉えられていましたか。自画像とダンス公演と年に一回ずつあったと思うんですけど。
(母)やっぱり頑張った成果が見れてるし、一番の感想は私もそうだし、一緒に来てた真ん中の姉も言ってたけど、やっぱし顔が弾けているというか、まぁひらいてるっていう表現だろうけど、そういう高校生活を送れているということが羨ましいとすごい思っていて。通わせてよかったなと、思いますね。
ー普段見せる表情とは、やっぱり違いましたか?
(母)そうですね。でも友達が来ている顔と似ているというか。学校での姿を、舞台だけど見ている印象です。それは男の子も女の子も関係なくっていうのも羨ましいし、そんなこと普通思春期ではあんまりないじゃないですか。やっぱり男は男、女は女でなんとなく壁があるけど、文句言いながらもその壁もなく一緒に作っている時間もいいですよね。
ー舞台は機会としては特別ですけど、舞台での表現に日常でもこうなんだろうなっていう情景が見えたってことですか?
(母)そうですね。練習してる時からみんなで協力して、みんなで、って感じ。誰かがやって付いてきているっていうのじゃない、みんながやってるっていうところがいいなってすごい思いますし、それが見えましたね。普通だったら文化祭でひとつするって言ってもやる子がいてやらない子がいてなんとなく出来上がったもの、みたいな感じがあるけど、ダンス公演とかにしても卒業公演とかにしても、みんなでやったんだろうなっていうのが伝わってくる。
(りんな)お姉ちゃんとか私が出てない公演も全部見に来てます。すごい影響を受けてますね。
ー嬉しいですね。受け持った生徒だけじゃなくて、そうやってご家族がなにか刺激を受けて芸術に歩み寄ってくれるというのは、すごいありがたいというか嬉しい。やってよかったなってすごい感じます。お母さんから見て、表コミの教員ってどういう先生だと印象がありますか?
(母)表コミの先生って五教科の先生と違うんですか?
ー免許としては、国語とか体育とか音楽とかを取得して、教科は違うんですけどみんな表現科に所属しています。
(母)それこそ大学で表現とかそういうことをしてきたっていうことですか?
ーそうですね。みんな何かしら、私はダンスですけど、一応ここに来る前に自分が表現をする経験をもつ人間ですね。若手も多いので、教員経験はそんなに深くない人が集まっています。でももしかすると、ダンスとか演劇をする上で当たり前に得られることや大切にされてきた考えが今の教育に必要なことだったのかなとも思います。もちろん、表コミの柱になっている石井先生はここに来る前も20年の教員歴があって、10年以上表現教育を実践されていたので、現場に基づいた教育理念が今の表コミに直結していると思います。
(母)この子たちの変化を見ていて、よく最近演劇を外国だと演劇の時間、表現の時間もあったりするって言うじゃないですか。りんなのいとこがイギリスに今留学してるんですけど、ピアノがすごく上手で、そういう芸術的なことに重きをおいていて、ここでいう5教科だけじゃなくて、それ以外のことも評価してもらえていて。でも日本は全然そうではないなって思って。やっぱり音楽やってる人は音楽ばっかりやってる人。
ーみんながその、今お母さんが言った言葉で言うと5教科以外のことで評価される経験はは、子どもの成長に貢献すると思われますか?
(母)きっとそうだと思います。でも1年の最初に、しっかり意識づけをするということも大切だと思います。最初のプログラムがあるじゃないですか。身体づくり。筋トレしたりとか、それの話をすごくよくしてて。そういうなんだろう、5教科以外の文脈で、学んでいくよ!今まで体育でやってたこととは違うよ!みたいな、全然違う世界に飛び込んだ感じがわかったというか。時間数も違うし。今までとは違う学びを積み上げていくことを認識するというか、親もそこで改めて表コミに入ったこと、新たな学びを始めるんだってことを自覚しました。それがあったから、怖いと思いながら、辛いと思いながら、大変と思いながらもやってこれたっていうか。1年の最初の1学期に、新しいことに出会って大変だ大変だって言ってたそれが今に活きてるんじゃないかなと思います。気持ちが色々変わっていくきっかけもそこでもらえたと言うか。
ーいやぁ、ほんとにそうです。1年生の最初の時期は要ですね。身体からのアプローチは心にも問いかけられるので、まずは身体に訴えかけるというか。身体が変われば、自ずと心も変化するので。りんなは変化する気持ちをどうやってバランス取ってたの?
(りんな)家でよく喋ってましたね(笑)家は、なにかあったことを喋れる場だったから、こういうことがあってんみたいな自分の興奮したことを伝えて、私のしてることに対して興味を持って話を聞いてくれる人たち(家族)に受け止めてもらえていたのが大きかったなって。怒ったり、当たったりもしてました(笑)でもあんまわかんないですよね?先生たちの印象で私はなんやったんですか。きちっとしてる人?
ーきちっと、、?頑張り屋さん。(岡市)それこそ僕とかにはきちっとしてない姿、それこそなんか怒ってくる結構(笑)
(りんな)そうかも。
ー多分、見えてる部分は先生によって全然違うと思うよ。
(りんな)そっか、私が話ているのも全然違うからか。
ーでも、隠してる感じは全くなかったよね。相手によって話せることも違うんだろうなって見ているし、私の最初の印象からは全然違うようになったけど、ずっと気にしてたかな。学校に来れなかったことを知ってるからひやひやする時もあったよ。大丈夫かな、って。けど、どっかで「今悪いループにあるぞ」っていうのが自覚できてきるはずだから、寄り添いすぎるといけないしとか、今はネガティブに言ってるけどちょっと強く言ってあげないととか考えながら接してたと思う。
(母)たぶん普通の学校だと、そういう寄り添い方はしてくれないですよね。教科担任、例えが英語の先生だったら英語の時間しか見てないし、朝の会と帰りの会しかいないし。そこが表コミがもうちょっと距離が近かった。先生との距離が近くて、気持ちとかそういうことを話す場があるし。普通は成績がどうとか上がった下がった、そんな話しかしない。そうじゃないこと、気持ちを話すことってないだろうと思うから。家じゃない場所でそういうことを話せる人がいる。友達じゃない人でそういうことを話せる人がいるって言うのは、大事かな。不登校になるのも、子どもにしたら学校が100%で、行かなきゃいけない所だけど、そうじゃないって思えたらいいかな。なんか上手く言えないけど。分散してる方がいいから、表コミはそれを聞いてくれる、友達もそうだし、先生も普通の先生より距離が近い感じがあるから、そういうのもよかったんじゃないかなと思いました。
ーやっぱチームで見てるのが大きいと思います。担任じゃないけど、全部知ってる、みんな知ってるし。
(りんな)共有するんですか?
ーする。まず最初の段階から全部共有するし、「クラスで怒っちゃいました、強くあたっちゃったんで」ってことを聞いといて「わかった。じゃ優しくいくね。」とか、「今日泣いてたから話聞いて〜」とか、やっぱりその関係性によって私が無理だったら、違う人に頼むし、その子の状況に応じて、必要な人が話を聞くっていうのをコース全員の生徒に対してやってるかな。
(りんな)すごい。だって3学年で30人ずつくらい。

ー基本窓口になるのは、やっぱ担任の先生が多いけどね。普段から生徒の話ばっかりしてるのもあるけど、授業もみんなが同席してるからメインだけがいいんじゃなくて、生徒と同じ立場にいるからこそ見える側面もあるし、そういうのも「今日元気なかったです」とか一緒に組んだ人から聞いたりとか。連携しています、ここは。表現を媒体としてるから自ずと見たくなくても生徒から出てくるし、自画像とかも私たちが聞こうとしてなくても教えてくれることもいっぱいあるし、さらっとやるような表現の中にも今日は目線落ちてるからなんかあったんかなって思ったりもするし、「今日はどうしたんだろう?これがあったからかな。」って派生したりもするし、それは5教科でも出てこない一面が引き出せるって言うのはやっぱ表現の特性としてあるかなって思います。
(りんな)授業で今日重いなぁ、今日軽いなぁってすっごい感じてたし、先生も仰ってたし。
ーあるよね、出そうとしてなくても出ちゃう。ランダムウォークで先生避けるとかも全部出ちゃう。目線合わないとか。
(りんな)へぇー!思うんや!
ー思うよ!どこに誰がいるか分かってる。このまま行ったら会うな、って思ってたら会わなかったりする。そう言うのが日常的に出てくるからね。そりゃでもやっぱ5教科ではできないよね。
(母)そうですね。こんな教育がもっと広がってほしいですね。表コミが終わったことは本当に残念です。パッと結果が出るものではないことだけど、まだ卒業生も何年しかいないのに。だからせめてもう2年、10年やれんかったのかなって思いますね。
ー保護者の方にそう思っていただけるのは本当に嬉しいです。最後に。表コミを色で例えると何色だと思いますか?
(りんな)黄色。すっごく黄色でした。
ーそれはなんで?
(りんな)やっぱり表コミは私の中で輝いてるんです。キラキラしてて。キラキラしてない部分に自分も関わったはずなのに、でもやっぱり最後はキラキラしてて。なんか白っぽい黄色あるじゃないですか、太陽の周り。
ー太陽の周りか〜。
(母)普通の生活してたらこういう会話もないじゃないですか。何色だと思う?って。そこからですよ。そんなことから思わない。会話にならないでしょ?それを考えてみるっていうとこが大事かも。
ー色の会話。なるほどだなぁ。貴重な会話ありがとうございました。
<最後に一言>
私は大人になったら、1人で力強く生きていきたい!と思っていました。ですが、表コミの活動の中で、沢山の人に支えられて生きている自分を知りました。
少し視線を上げて深呼吸すると、周りにはたくさんの仲間が「あなたなら大丈夫」と伝えてくれ、見守ってくれる環境にいることができた私は本当に幸せだった思います。
今の私に大きな影響力はないけれど、表コミで感じた安心できる環境を、まずは私の周りの人から、少しずつ広げていきたいと思います。

ヒョーコミプレゼンツ!#14 卒業生インタビュー 【吉村ののみ】

ヒョーコミプレゼンツ!#14
卒業生インタビュー
3期生 吉村ののみさんです!
とにかく気立が良くてさっぱりしているののみ。表コミの足場が固まってきた3期生としてしっかりと道を踏み固めてくれました。今は、社会人になって活躍しています。演劇もダンスも他者との協働が欠かせません。人と関わる中で彼女が学び得たものとは。
インタビュアーは表現科教諭の福岡がつとめます☆
ー今のお仕事は?
人材派遣の営業をしています。
―お仕事はどんなことしているんですか?
お仕事は新規営業なので、アポとって商談に行って、人材に関する困り事とか聞いてこっちでできること提案して、うまくいけばそのままこういう人紹介できますって紹介していく感じですね。
―実際入ってみるとどうだった?
いろんな人やっぱりおるし、なんかこう…人によって対応を変えたりとか、でも決まりもあるからその枠の中でどこまで自分でできるか、みたいなのをフル回転でずっと考えとかなあかん感じなんで…そういう面で言えばモノを売る営業のほうが楽なのかもしれないですけど…面白いところもあります。あっこんな人おんねやみたいな。
―社会に出るとさらに実感するよね、いろんな人おるんやなって。人と付き合っていくって正解もないし、難しいことだよね。じゃあ、ののみの表コミへの入学への動機を教えてください。
え~っと。決め手っていうのは二つあって。追手門の説明会、全コースの説明会をホールで受けたときにⅠ類とか。Ⅱ類とか、特選(SSコース)とかの人が紙見ながらしゃべってる中で、確か、2期のまこと先輩が何も見ずにみんなに向けてしゃべってるのを見て、カッコいいと思って、私もあんなふうになりたいって思ったのと、オープンスクールの作品やったか、先輩の作品見て、すごいキラキラして見えて、ほんまに高校生?みたいな。なんかこう、他の公立高校の見学に行ったときとかに、教室でスマホ触ってる人とかいて、あんま楽しくなさそうって思ってた分が、表コミのキラキラに圧倒されてこうなりたい!って思ったんがたぶん決め手です。
―実際入学してどうやった?
ん~、筋トレつらぁって感じ(笑)全身痛い(笑)けど、何のために筋トレするのかとかがわかりはじめてからは、シャキシャキしてた気がします。なんて言うんですか、ただ座ってずっと授業を受ける時間以外に演劇の時間とか、ダンスの時間があって、それでメリハリができてたみたいな。逆にもう演劇とダンスのない曜日は地獄みたいな(笑)
―そのさ、いわゆる「座学」じゃない授業形式やん?なんかそういう表現の授業って、ほかの授業とどういうことが違っていた?
座学は机が一個で個人で受けてて、演劇とかダンスみたいに、人に出会うことあんまりなかったじゃないですか。二人とか三人とかグループでやる、相談しながらできるとか。座学でもグループワークってあると思うんですけど、机くっつけてしゃべったりとか、結局しゃべる人一緒とか。それとはなんか違うんですよね。

―何が違うの?何で違うの?
なんでしょ。たぶん、表現の方って一人一人がなんとかしないと成り立たないと思うんですよ。誰かが動いてても、それは一人だけじゃ完成せんかったり、進まんのですけど、座学の方って、割と一人で突っ走っても、「それでいいと思う」で話がまとまったりするんですよね…そういう違いかな。結局個人みたいな。こっちはもう全員でやらないとできない、動かざるを得ないっていう違いかな。あたしはこの、みんなで考える表現の方が好きでした。
―なんでその、表現のやつはみんながやらないとできないんだろう?
ん~。動かないみたいな選択肢がなかったしな・・・
―隠れられないみたいな?
それはあるかも。なんかたぶん、任せっきりやとうまくいかないやつの方が多かったと思うんですよ。誰か一人に委ねるとかは、バラバラバラってなって、うまくいかないのが、やりながら感じてて。あ、これは任せっきりじゃだめやって無意識に思うことが多かったんちゃうかなぁ。それこそ自分にとってすごい苦手なワークとかも、「苦手やから、ちょっとあたし苦手やから」、とかはできず(笑)なんとかしないと、なんともならない。
―誰かに委ねられた、逆に委ねちゃったときの結果は、どうなっちゃうの?
委ねたときは、委ねた方がいい時もたぶんあるとは思うんですけど、そこのバランスは難しい。その判断をできるようになるまでは、めちゃめちゃ時間がかかりました。できることと、できないことがわかるまでは、とりあえず動いてみないと。でもそれが経験的にわかったら、「あたしはじゃあこれができへんからこっちにまわる」みたいに、別の役割ができたりとかはするんですけど。それがわかるまでは動かないと何も始まらない感じ(笑)委ねてしまったら、なんか、無力感じゃないけど、なにもできなかった感じがありますね。
―やりながら自分の得意不得意を自覚していくってことね。
うん、そうですね。座学も、私は割とこう先に意見を出すタイプやから、あまり委ねることはなかったですね。高校の時は、そういうの、「私が先に出てまとめるんや」みたいな意識があったりしてたけど、卒業して、大学の授業のグループワークで、よくしゃべる子がいたら、その子に一回任せてみたりとか、たぶんその表コミで、自分のできるできないがなんとなくやけどわかるようになって、大学では、あたしが出た方がいいとこは出るし、今は出んほうがいいなってとこは任せるし、っていうバランスをとるのができるようになりましたね。
―ののはどっちかっていうと引っ張っていく側じゃん?座学の時も、表コミの時も結構中心に入る側だったとも思うけど、周りを見ていて座学でのみんなの取り組み方と、表コミでの取り組み方は違ったの?のの以外のメンバーは。
いや、でもおんなじ感じ。でも、表現のワークの方では、私はこう動きたいっていうふうに言わない子?おとなしい子?も、その子なりに、どうしようかって探してたんちゃうんかな。何も考えてないってことはないと思うんですよ。それはたぶんその子が周りを見るのがうまくって、引き方をわかっててとかがあって、できないことはできないって言うし。
―たしかに、口頭で誰かが代表してしゃべるっていうアウトプットの形式よりは、自分の役割を見つけやすいのはあるよね。
うん。座学の場合、しゃべる子がいたら、その子が全部やっちゃうから、入るのも難しい。
―日常と陸続きだと難しいよね、急に関係性を変えるのは。高校時代は授業とかで日常的に「表現すること」があったと思うけど、日常の中で「表現すること」が、ののにとってはどういう意味があったと思う?
ん―・・・。肯定的になれた?なんかこう、インプロとか自分の好きなように動いていいよとか。絶対にそれはダメみたいな言い方をされたことがなくって、全部を褒められたわけじゃないけど、否定はされてないから。やっても大丈夫、こういうふうに出しても大丈夫、みたいなのが、たぶん中学の時よりは肯定的になれた理由かな。

―それは自分に対して?他者に対して?
両方。人がやってるの見てあれいいなって思ったりとか。自分と違うって、悪い意味で自分と違うって思うよりも、いい意味で違ってていいなって思えるようになる、とか。やっぱり日常的に身体を動かしてるから、性格も明るくなった(笑)身体が、筋トレとかしてシャキッてするから顔も明るくなると思うし、ネガティブなワードいわんから、自然とにぎやか。生きてる感じ?その時はあまり感じてないかもしれんけど生き生きしてる感じが、日々表現やってることで感じれてたんちゃうかなぁって思います。
―それは身体的にも心的にも?
どっちも。たぶん身体軽かったと思います。
―それはさ、身体が軽いとかさ、身体がこう発散されるみたいなことはやっぱりメンタルにも影響を与えてたと思う?
思います。やっぱりじっとしてると気も重いし。たまに今でもむっちゃしんどい時とか、じっとしてる時にダンスしてる動画とかインスタとかで見て。うわいいな、やりたいなって思ったり。動いたらちょっとはこう、気持ち晴れたり、動かすことに集中するから余計なこと考えんでいいなと思って。それだけを考えるから。あっ。もう一個、印象に残ってる言葉。「心と身体が繋がってる」っていうやつ(笑)まさにその通りって、思いました。ほんまにそう。
―1年生から、自画像、ダンス公演、アトリエ公演、結構な回数舞台に立つじゃん?学校で、ああいう照明を浴びられる場を設けて表現したり、友達を呼んでみてもらうみたいなことって普通じゃないじゃん。そういう舞台に立つ経験は、ののにとってはどういう意味があった?もしくは、周りとのこう友達との家族との関係においてもなにか影響があったとか、なんかありますか?
ん―・・・。ただ授業でやるよりもやっぱ舞台に立つってなると見られるじゃないですか。なんかこう、そこはただ授業を受けるだけじゃなくて、表コミって結局何やってんのみたいなのを、ちゃんとこう体感してもらえる?言葉で筋トレしてとか言っても、え~?(笑)みたいになるけどそういうのをちゃんとこう、作品を見てもらうのももちろんやけど、作品をやってる自分らを同じ年の子に見てもらったりとか、学校の教育現場を見てない親に見てもらうのは、ちゃんと成長してるとか、ちゃんと学んでるんだよみたいなのを見てもらえるから、嬉しかったですね。で、ちゃんと見られるって思って練習もするし、考えるし。あとはなんか、ターニングポイントじゃないけど、節目に、自画像は失敗したからアトリエ公演ではこういうふうにしようとか、ちゃんとこう目標をそれぞれに置けた感じが、私個人としては良かった。

―それまで取り組んだ学びをアウトプットすることで、振り返って今の立ち位置を確認しつつ、次の目標を定められたってこと?
はい。
―それが成長につながったと思う?
思います思います。
―あと舞台で作品を上演するやん?特にそのアトリエ公演と卒業公演はその作品を与えられたと思うんだけど、作品に触れることで学んだこととかありますか?
卒公は、「For now end.」、とりあえず終わる。それこそ、その卒業のタイミングで、高校生活が終わる、みたいなのとその時は重ねてたと思うんですけど、終わるけど、また始まるから、終わることが悪いことじゃない。終わるから無下に扱うとかじゃなくって、終わるからこそ、ちゃんとやろう、みたいなのとかは考えてたかもしれないですね。最後もなんかこう、全員でおんなじ振りをするときとかも、円になってぐるぐるやるときとかは、終わっちゃうけど、終わっちゃうから、ちゃんと最後までやり切ろうとか。でも、なんか作品を稽古しているときは、頭いっぱいどういう意味やろとか考えてやってるけど、いざもう最後やるってなったら自分の身体に集中しちゃって、作っていく過程では作品のことめっちゃ考えるけど、みたいなところはたぶんあったと思いますね。
―平原さんは外部の人だけど、その人と出会って、どうだった?
日常じゃない感じがして、ワクワクしてました。いつもと違う人と顔を合わせるのはドキドキしていた。けど先生じゃないんで、教えてもらうのとは違うじゃないですか。先生にはやっぱり教えてもらうっていう意識が強いけど、平原さんは先生じゃないから。最初はどうやって話したらいいんやろうって、ちょっと戸惑ってました。授業とは別の刺激があったと思います。あと、最後に挨拶をしてくださった輪の中で「君らはその辺の学生じゃなくて外国人並みです」って言ってくれたのを覚えていて、誰とでも何でもできるみたいな意味だと思うんですけど(笑)たぶん日本が周りに合わせる同調のような感じが強い中で、物怖じせんと外れたことができるみたいに私たちのことを言ってくださったのが嬉しかったです。

―言ってくれてたね、世界で通用するって。クリエイションの途中で平原さん、一人一人にソロを渡していた記憶だけど、あれは各々が作ったやつを見せたの?
そうです。それぞれお題があって。私は”できるだけその場から動かない”。すごい狭いスペースでやるとか…。いっちーは”バイタリティー”。かずきは”絶対に椅子を使う”。小雪は確か”横に動く”とかやったと思います。ちひろは”本を使う”。すみれはあの中で一人だけ孤立した存在に見られてたと思うんですよね。最初の登場もそうやし。あんじゅはりんご”なんですよ。絶対にりんごを使うっていう。
ー作って修正かけられたの?ほぼそのまま?
ほぼそのままやと思います。終わり方とかはちょっと修正していただいたけど、ほとんどそのままです。
ー創作することに抵抗はなかったの?
なかったですね。ダメって言われないっていう前提が大きかったからやと思います。
ー作るときに自分の中で良い悪いの基準があるじゃない?それは何を基準にしているの?
まずは自分にとっておもしろいか、おもしろくないか。あとは見る人の意見として、同じ動きばっかりじゃないか…とか。動線がずっと同じじゃないかとか考えて、「これは採用」とか決めてました。でも自分的に面白い、楽しいと思ったものは採用する。そのバランスをどれだけ考えられていたかはわからないですけど(笑)
ーでも見る側を意識した上で、動きをチョイスしてたってことだよね?
そうですね。
ーそれはやっぱり授業の中でそういうヒントをもらってたの?
授業もあると思います。あとは動作自体の意味とかコンセプトの方が大きかったかもしれないです。私は「言おう言おうとして、怖がって結局言わない」みたいなのをどうやって動きで出そうかなとか。半々ですね。見る側の感じと。
ーなるほど〜。では、表コミの先生たちはどんな大人たちだと思いますか?
自由やけど、ちゃんと芯があってダメなことはダメって言う。先生やけど先生じゃない感じ。対等に話してくれる。頭ごなしに怒る事はない。普通科の先生とか違う感じがしました。他の教科は「教える」みたいなのがベースやけど、表コミの先生は「一緒にやる」って感じ。あんな人になりたいなっていうのはずっと思ってます。
ー今後どうなっていきたいですか?
周りの人はもちろん、それ以外の人も想える人になりたいし。大事にしたいって思ってもらえる人になりたい。ちゃんと芯のある人間にはなりたいです。ここだけはブレない…みたいな。それが何かはまだないですけど(笑)ちゃんと考えられる人。同調圧力みたいなものに関しても、みんなが言ってるけど自分はどうなの?ってちゃんと意見する人になりたいです。
ー表コミを色で例えると?
虹色。一色じゃないと思います。赤みたいなエネルギーもあるし。けどずっとエネルギッシュなわけじゃないから緑みたいな落ち着いた色もあるし…。んーオレンジが強い虹色!
ー社会人、がんばってね。ありがとうございました〜!
<最後に一言>
「コミュニケーション」って簡単に言うけど実は難しいことなんだと思います。
完璧になんて出来なくていいけど、相手を思うことは忘れてほしくないと私は思います。これを学べた表コミでの3年間は間違いなく私の財産です。
10年間、お疲れ様でした。そしてありがとうございました。
表コミで出会えた全てに感謝します!
