追手門学院高校・表現コミュニケーションコース活動ブログ

大阪府茨木市にある追手門学院高校・表現コミュニケーションコースの活動ブログです。普通課のカリキュラムに週8時間、演劇とダンスの表現教育を行っています。日々の活動の様子をお伝えします!

ヒョーコミプレゼンツ!#18 卒業生インタビュー 【井上結衣花】

表コミプレゼンツ!卒業生インタビュー#18
8期生 井上結衣花 さんです!

 

3年間の時間の中で「本気でやる」ことの意味を実感したゆいか。失敗するのが嫌でヨナヨナしていた中学時代の自分から強くなれたそう。後輩のいない学年としても、責任を感じながら自分たちの歩みを進めてきた3年間について聞きました!!

 

ー今の所属は?

追手門学院大学の法学部の法律学科です。

ー何で法律に行ったの?

表コミで3年の時にその社会について広く学んだ時に、私は企業の中で差別とかされて苦しんでる人に向けてその法律からこうちゃんと守れるような存在になりたいなと思って、企業に対する法律を学びたいなと思って法学部に行きました。

ーへ〜楽しい?

楽しいです。

ーそもそも、表コミに入った理由はなんだったの?

まずずっとダンスとか身体を動かすことをやってて、中学生の時に一回辞めちゃって、そっからそのメンタル的にすごいしんどくなった部分があって。でも、体育とかしたらすごい明るくなれたりとかしたから、高校でも毎日身体を動かせるようなところにいきたいなって思ったのと、あとやっぱりダンスにずっと触れてたかったっていうのがあって。体験会行って、エポックみた時に、なんかすごい昔自分が踊ってた時と同じような高揚感が「うわあ」って中から出てきて。ダンスとか演技とかそういう形で舞台に立ちたいと思ったのが1番の理由です。

ー入ってみて、どうやった?なんか想像通りやなって感じって感じなのかそれとも・・・?

全然違いました(笑)最初は、そのストレッチの仕方もなんじゃこれ。みたいな、 私はもっともっと身体にから入るのかなと思ったら、そうじゃなくて、1年生は身体作りやったけど、でも、その身体づくりの根底にも、やっぱり精神的な面があって、そこに集中するのは最初はめっちゃ難しいかったです。あと昔通ってたスクールは、形とか見た目にこだわるから、スキルが大事なんじゃないよって理解するのに、結構そのギャップに、「おお…」ってなったのはありました。

ーやっぱ昔は、そこを気にしてたの?

そうですね。やっぱりなんか美しくて綺麗な形じゃないと怒られるっていうのが身についてたから。 私、ずっと鏡でその自分の形がどうかを気にしちゃう癖があって。ダンスの授業の時に「カーテン閉めてやるよ」って言われた時にも、ものすごい不安感があったんですよ。やけど、それこそ2年、3年って重ねるにつれて、鏡がないことによって、より自分の自分の中にフォーカスできるっていうのをやっと理解できました。

ー外側を気にしていた部分から内側に目が向き出したってこと?

そうですね。

ー印象に残ってるワークとかある?

印象に残ってるワーク?ほとんど全部が印象に残ってるんですけど、私は。

ーほえー、すごい。

そうなんです。でも目をつぶって相手の手を触って、なんか違いを感じるみたいなやつやったじゃないですか。あの時はすごい、自分の身体の特徴と違う、他人の身体の特徴とかも、温度とか、それこそなんかの湿度とか、質感とかを感じて。その時に、やっぱり同じものってないんやなっていうのもすごいわかったというか。そこが結構きっかけになって、私はその人にダンスとか演劇とかのスキルがなくても、その人が本気で表現してたら、やっぱこっちに伝わってくるのがあるんやなとか、なんかそういう細かいところまで見れるように意識がいったというか。 人に触れるワークをたくさんやってるのに、自分にもフォーカスして、相手の身体にも意識を広げるっていう、本当の意味でちゃんと「見る」っていうのがわかった感じがありました。 

ー体験によって「見る」ってことの解像度が上がったんやね。その授業が日常に役立ったなという経験はあった? 

いつも一緒にいた仲のいい友達が落ち込んでる時とかに、私はあえて言葉を発しなかったですよね。 「大丈夫?」とかもあんまり言わなかったんですけど、でもなんかひたすらに横にいて、横で歩くとか。 でもそうして待っていたら、向こうが言葉を発してくれたりするみたいなことがあって。そういう言葉じゃないコミュニケーションっていうのが、表コミのクラスの日常の中ではあったなって思います。

ー他の子たちも?

あ、そうです。ありました。なんとなく、なんか今日は機嫌悪そうやなみたいなとかもわかるし、だから、今日はこういう言葉掛けやめとこっかなとかそういうの。 でもそれ結構大学に行ってもあります。なんとなくわかるんですよね。「話しかけるな」みたいなオーラが出ていても、本当はどうなんやろうって考えたり。 想像していくと実際は、ほんとは自分からも話しかけたいけど、きっかけがなくて緊張して話しかけられないかなとか、なんかそういうパッと見だけじゃないところまで考えられるようになったなと思います。

 

ーユイカ、結構おしゃべりだったよね?

めっちゃおしゃべりでした。めっちゃお喋りです。(笑) 

ーそこから相手を聞こうって意識が向いたのは何かきっかけがあったの?段々に?

段々です。ワークとか重ねてくたびにもありますけど・・・私はやっぱ1番ダンス公演がグンと成長したきっかけかなと思います。自分的には。自分の言葉が軽く思えてきたというか。頭回るし口も回るけど、全部それに責任が持ってないというか、そこに気づきましたね。小グループの時に大喧嘩して、その時からかな。初めは私が発した言葉で、他のメンバーが傷ついてたっていうのも気づいてなかったし。

ーどんなことに気づいたの? 

結構、相手の話していることに嘘でも「それいいね!」とかって共感することがあって。共通してったのは、見栄っ張りっていうことなんですけど、そこを取っ払いたいっていうのがありました。これ以上、見栄張って自分に嘘ばっかりついてたら、 身体は元気やけど、自分が死ぬんやろうな、自己がなくなるんやろうなって思って。表コミに入ってから、少しずつ気づいてはいたんですけど、1年生の時とかは、今までの自分を全部否定することになるから怖くて。でも、2年生になって、どんどん身体にフォーカスしていくうちに、自分の身体と心と思考とのギャップがすごい生まれてきたというか。その状態が気持ち悪いって思って、そっからより強く自覚していったって感じです。 

ーそのモヤっと思っていたことを作品のテーマにして創作していったと思うんやけど、公演で作品として発表してそ拍手もらって、結果としてどうだった? 

ポジティブな部分が大きいかな。そこを作品にしたことによって、素直な自分をさらけ出すことに対するハードルが下がったというか。ぐちゃぐちゃした自分を、消化させるじゃないけど、 ダンスとして舞台に出して、お客さんに受け取ってもらえたっていうことが1番大きかったですね。だから、仮に誰かがそういうことで悩んでたりしていても、自分は受け止めたいし、完全に理解できなくても受け止めるっていうことだけで全然違うと思うので、そうしたいですね。

ーその後は、クラスのメンバーとの関係も変わったの?

変わりました。怖くて話せない子がいたんですけど、その子が本気でぶつかって怒ったりしてるのとか見ると、あ、一緒なんだなって思って、そっから対等に見れるようになったと言うか、気軽に話しかけて、「ここ、こうやんな」みたいに話しかけられる通り道がどんどんおっきくなってく感じがありました。

ー自画像のときに相手の背景を知ることとはまた違った他者理解があったってこと?

そうですね。ちょっと違いました。私はやっぱり、身体を通して、 心、体が上がって、心が上がることによる感じの方が、強く覚えられるっていうか、高揚感があるから、体から引き出されたパワーが変化を与えるというか。自画像は、どっちかといったら、この人のこの一部分を切り取って理解している感じでした。

ー じゃあ、一部をこう覗くみたいな感じが自画像で、ダンス公演はもうちょっとパワーとして、その子の感情とかエネルギーを踊りながら全部浴びてるみたいな感じ? 

そうですそうです!みんなで踊ってて、感情が揺さぶられて・・・踊りながら涙が出そうになるっていうのが初めてで。踊ってる時も、私の嗚咽するぐらい泣いて(笑)そこで初めて、みんなと場を共有するっていう意味がわかった気がしたし、 本気でやることの大変さ、がわかりました。

ー今の話やと、本気でやるっていうことの意味が、3年間の中で変わってたのかなと思って。

変わりました。そう、だいぶ。

ーそれは、どんな風に変わっていったの? 

最初はなんか自分が出せる80パーセントでやっていて。それこそ自画像は今思うと結構ひどかったんですけど(笑)、その当時の自分としては本気やしみたいな。でもダンス公演とかになってくると、やること多すぎてしかも仲間と一緒に創っていて、自分のリミッターが外れていくというか。その中で80パーセントっていう自分の器を壊して、本気を出すことの一部を自分の中で掴めた感じがあって。それがきっかけで、勉強でも「真ん中ぐらい取れてるからいっか」みたいな感じだったけど、そうじゃなくって、なんか全部を本気でやるというか、授業もこう受けるんじゃなくて(猫背の状態)、こう受ける(背筋を張って能動的に)みたいな、そういう姿勢からとか、 普段の思考から変えるっていうのが、本気を出すってことなんだなって。

ー負荷がかかってる時はめちゃくちゃしんどいんやけど、それを超えるために続けていた努力が、 意外と結果的にキャパを広げたりしてたりするよね。卒業公演では今までやってたダンスじゃなくて、演劇をとってたと思うんだけど、どうだった??

そうですね。そうなんか。なんか三浦さんが作る作品って結構単語が多いじゃないですか。「あー」とか 「うんうん」とかが結構多くて、そこに対して普段あんまり意識しないんですよ。でもただの相づちやなと思うけど、その限られた言葉の中にどういう感情が込められてるのかとかを考えて。 本当に一言一句込められてる意味が違っていて。その経験が普段の会話でも、この子は今日はあんまりなんていう、調子が良くないんだろうなって思ったらこっちの声掛けも変わるし、 かと言って、それで自分がいちいち対応変えてたら、なんかその子にとっては不安定なってしまうかなとか考えたり、言葉に影響される精神面みたいなものを考えるきっかけになったなと思います。

ーということは、やっぱ演劇のテキストを通して丁寧に言葉の意味とか、言葉の背景のことを一旦深く考えた経験が、日常でも自動的にそれができるようになったってこと?

そうですね、でもやっぱりそこから離れると薄い言葉ばっかり出てきちゃうなっていうのが体感で。今は大学で会った関係の浅い友達と、ふわふわ、キラキラみたいな会話をしていて、すごい違和感です。でもその考えは大切にしたいです、今後も。

 

―表コミ入って表コミが無くなりますって言われた時にどんな風に最初印象受けた?

無くなりますって言われた時に、その自分の中では勝手に続いていくもんやと思ってたからこんな簡単に自分の後が無くなるもんなんやっていうビックリした。あと、私自身より親の怒りがすごかった。でもやっぱり今となったら親の怒りもわかるし、無くしたらいけないコースやなってすごい思います。けど当時はやっぱり全然わかんなかったです、実感がなかったし。言っても残り3年あるくない?笑とか(笑)やっぱり一年生の時は全然わかんなかったです。実感がなかったです。

―そうだよね。どこぐらいから無くなるんやって実感してきた?やっぱり後輩が入らなかった時かな?

そうです!高2のそれこそエポック(7月のオープンスクールの発表演目)やった時に私たちよりも上しかいない!っていうのんがあって…それこそ演劇部の子とか来てくれてたけど、やっぱりそれも同い年かぐらいからしかいなかったじゃないですか?それこそ私中学校の時吹奏楽やったからけっこう上下関係とか厳しかったから後輩がいるのが当たり前って思ってた環境にいたから余計に、「あっいないんやな」ってすごく自覚しました、その時に。

 

―逆に最後でよかったなみたいに思うことってあった?

ありました、やっぱり!私は無くなることに関しては徐々にすごい喪失感…ポッカリ大きい穴がドーンって刺さった感じがあったけど、でもなんか自分が最後に関わってるっていうのがより一層作品に対する取り組み方を変えたかな?って思います。

 

―それはいつ頃かな?ダンス公演?

…ダンス公演からですね。やっぱり、意思が変わったのは。自画像の時ってホンマに意識が無かったし。終わりに近づいてるって自覚が出てきたのはOTEMON HYOCOMI(表現コミュニケーションコースの歩みを題材にしたダンス作品)の創作期間入ってから(2年の2学期)だと思います。ホントに早すぎて、時間が過ぎるのが。

 

―先生らから「最後だよ」ってよく言われてたと思うんやけど、それについてはどう思ってた?

言われましたね笑 私はぐぅって責任感を感じちゃうというよりかは身が引き締まるって感じやったから、私はなんか言ってくれてるっていう方が、「あっやらないと!」ってなってたから私はそこに対してむっちゃ重圧を感じたりとかは無かったです。ただ、でも自分がやってることに対しては全力で取り組まないといけないなっていう感覚はあったし、やっぱり私より何倍も何倍も関わってきてる先生から出る最後っていう言葉…なんか重たさが違うから、その最後っていうことをきちんと背負いたいって思いました。偶然やけどそれが偶然やったとしたらすごいことやなって思うし。8で終わるってのがすごい(8は横にすると無限大の意味をもつ)、すごくないですか?私的に寂しいけどやっぱりここを卒業していった人たちには絶対表コミっていうものが絶対に存在するから…なんかスピリチュアルじゃないけどずっと続いていくっていうのがあるって私は思ってます。

 

―表コミの最終公演のクリエーションは、どういうものとして残ってる?

私の中では、ホントに学年関係なく関われたっていうのがすごい大きかった。やっぱりどの公演の中でもずっと3年間一緒にいたっていうメンバーじゃないからこそ出せた部分っていうのも大きかったし、1番最近やからってのもあると思うんですけどキラキラしている感じ、ずっとそこだけ色褪せないっていうか、ずっとカラーで残ってる。

 

―先輩と喋るやん?どんなこと喋ってたん?

基本的にはダンスのここどうする?とか。同級生とはまた違うけど表コミの仲間なんだって思いました。

 

―クリエーションの中で先輩らの記憶を聞いたり、実際に踊りをみたりするので、「表コミ」への印象って変わった?

3年間の印象自体は変わらないですけど、意識は変わりました。伝統を感じるというか…。先輩のダンス公演の振り付け踊ってたじゃないですか。その中にもやっぱり自分たちと共通する部分があったりとか、先輩がエポックを踊っているのとか、一緒のメニューストレッチをしてるとか。先輩たちの愛の記憶を話してくれたり。私はずっと外からは見てたけど中は知らないから…生きてる歴史がいっぱいあって…そこに自分がいるっていうのが、しかも自分が1番新しい学年でいるってのがすごい不思議な感覚っていうか…ここに私はちゃんと存在したっていうのが残っていくんだなって思いました。あと、やっぱり身体って覚えてるんやなって思いました。すごくないですか?普通に4年ぐらい経ったら忘れちゃうと思うんですけど、曲がかかったりと、どっかの振りキッカケで「あーこここーやった!」みたいな言ってる先輩たちがほとんどで、身体が覚えてるってすごいんやなって思いました。しかも先生もほとんど覚えてたじゃないですか?あっここはこうやったわ!みたいなのやってて、え、そんな8代もつくってんのに覚えてんの‼︎って凄すぎるって思って見てました。

 

―そうやね〜。それこそさっきの本気の話じゃないけど、毎回がマジで120%の戦いやから、なんか残っとるんよね。生徒もやっぱり覚えてるし、その都度生きてる実感を得られていたから残っているのかなって思うね。

息できてたって感じがあります。深呼吸してって言われた時にラジオ体操の深呼吸とはまた違って、なんかもう全身で呼吸できるというか。表コミでは、何かが自分の中を巡ってるっていうのをすごい感じられる。それを先輩とかと話した時に、私の身体にも流れてるし先輩の身体にも流れてる共通する巡るものがあるっていうのをすごい感じました。

 

―表コミの大人はどんな風に見えてた?

全力な大人の存在がありがたかったです。やからこそこっちが恥じらいなく全力でカッコ悪いところを見せれたり、失敗できるし。やっぱりその失敗がないと絶対に次につながらないから。失敗するのが怖くなくなりました私、ここに来てから。大学行ってもとりあえず話しかけてみたりとか、まずやってみるっていうのを意識…なんか意識しなくてもできるようにっていうかじゃないけど。根底に芽生えた、根付いたっていうのがあります。

 

―元々は、失敗するの嫌なタイプだったよね?

めっちゃ嫌でした。失敗したら終わりって思ってました。それで笑われるっていうのが…中学校の時、見た目でいじられたりとか。背も大きかったし。自分たちをネタにしてるけどそれを受け入れないといけないと思ってたし、それで笑われるのが当たり前と思ってたから余計に笑われるっていうのが怖かったし。ここで失敗した時に笑われるってなんかそれとはまた違って、失敗しても何やってんの?ってなるけどその後にほんまダッサイなじゃなくて、もっかいやろうっていう話題やったから、そこで初めて失敗して笑っていいよって意味が変わったかんじで。あと、コロナが中学2年生終わりくらいからはじまって1番大事な時期がごっそり無かったからどんどんうち内になったし、部屋から一歩も1日出ないみたいな子でした私。家族と話すときも自分の趣味の話だけ。でもそれをちょっと違う角度で言われたら自分の考え以外受け付けないからめっちゃイライラするみたいな笑

 

ーええ〜(笑)意外!お母さんたちからみても変わったなって思うのかな?

はい!言ってます。成長したのはもちろんやけど、強くなったって言われました。ちっちゃい時はめっちゃナヨナヨしてたし中学生になってから変な虚勢を張るようになってたから、この子いつかメンタル面でやられへんかな?って思ってたらしいんですよ。けど、表コミ入ってから自分からぶつかりにいってるっていうのをお母さんとかは見てて思ったらしくて。お父さんに怒られた時に、昔は何も言えなかったんですけど、それはお父さんがコウコウコウやからじゃない?みたいな感じに言い返せるようになったというか。



ーそんな風にゆいかを変化させた理由はシンプルに言うと、何やと思う?

人との関わり方とかかなって思います。普通って男女間で触らないじゃないですか。私は言葉でいっぱい言われて無理やりほぐされるよりも、ダイレクトにしっかりじっくり触って確かめる。感覚としてちゃんと自分の中に証拠を残すじゃないけど実感するってことが大きかったかなと思います。実感を得られるというのが表コミの授業では毎回あったから、振り返り書くときも困らないんですよ。いっぱい新しいことが見つかるから。同じワークをやってもやっぱり前回やった時とはちょっと感覚が違ったり。天気に左右されるとかマジでわからないとかだったんですけど、それがわかるようになりました笑 細かくなったというか。ジャンルで見てたものが部品として見えるようになった感じがあります。

 

―身体の感覚も、身体への意識も細分化されたってことやね。

そうですね。ホントに入れてよかったです。私はでも逆にここ以外入ってたらどうなってるんやろって笑 怖くて想像できないです。

 

ーでも、ゆいかがあんまり落ち込んでる様子があんまり印象にないんだよね。

そうですか?落ち込むときも多分あったと思うんですけど、でも自分の中でそれを消化できるようになったとうか。まずは原因を考えてみようっていう風になれたから、明日はこうしたらいっかっていう風になれるかな?とか…だから家でもホンマに落ち込んだこと無いと思いますこの3年間。あとはやっぱり、絶対に相談したら受け止めてくれる大人が表コミにはいるから…それが大きかったです。

 

―ありがとう。表コミを色で例えると何色ですか?

私は虹色やと思います。太陽って白いけど、あれって何十色も色あるっていうじゃないですか。そんな感じです。何十色も何百色も色が集まって大きな光になるみたいなイメージ。色って言ったら難しいけど…いろんな暗い色も集まってこその光、白になるって感じ。難しい色で表すの笑 簡単なオレンジとかでは無いです。あったかい温度がある白色、やし細かくみたら虹色だし。後ろ張ってるじゃないですか?ホントにあのイメージです。みんながみんな輝いてるっていう。

 

みんな違うことしてる笑

みんな違うポーズやけどでもみんな!わかるじゃないですか?素敵やなーってすっごい思います。

 

<最後に一言!>

表コミは私の大切な1部です。