追手門学院高校・表現コミュニケーションコース活動ブログ

大阪府茨木市にある追手門学院高校・表現コミュニケーションコースの活動ブログです。普通課のカリキュラムに週8時間、演劇とダンスの表現教育を行っています。日々の活動の様子をお伝えします!

ヒョーコミプレゼンツ!#7 卒業生インタビュー【和田ななみ】

 

 

 

ヒョーコミプレゼンツ!第6回!!

インタビュアーは、表コミを「はじまり」から知る表現科教員の福岡が務めます★

 

3年後の未来が全く見えない中、2人の教員の言葉を信じてヒョーコミの道を築いてくれた一期生のななみ。在学中も自分の感性をしっかり持ってクリエイションに参加してくれていたのが印象的です。はじめての自画像作品は「しゃんとせい!自分!」で締めくくられていました。今も自分と対話をしながら、社会の中にアートの種を蒔いています。

 

―今の所属は?

今の所属はサントリーパブリシティサービス株式会社の文化ハピネス事業部の私は枚方市総合文化センターの事業企画グループに所属しています。

 

―社会人2年目?

3年目ですね。

 

―どんなお仕事してるんですか。

公演の企画制作がメインですね。文化芸術に関わる公演だったり、ワークショップだったりを市民の方に文化芸術を生活に入れこんでもらうために色々してますね~。

 

―音楽ともあるの?

音楽とかもあります。クラシック音楽が特にうちの会社はメインで。今年はそうでね、クラシック音楽と落語と、今勉強してて美術展とかも、去年は美術が多かったり、それこそ市民参加型ダンスWSの企画を立ててる最中ですね。

 

―広いね。

だいぶ広くて、もうジャズとかも今見に行ったり、こないだも文楽も見に行って、全然意味がわからなくて(笑)いや~もうほんとに“文化芸術“ですね。

 

―そうなんや。なんでその仕事に就こうと思ったの

芸術の市場価値を見出していくよりかは、もっと人と人とをつなぐような仕事、それこそもっと広く芸術に携われるもの。そして、人と人とを繋ぐ、人と芸術を繋ぐ方面にしたかったなと思って、たまたま引っかかったのがこの会社だったんですけど。ほんとに縁があって勤めることができたので今続けていますね。

 

―じゃあ高校の話になります。高校の時間、高校での表コミでの3年間どんな時間でしたか?

一番毎日全力で生きていたなと思います。それこそ表現も勉強の一部として扱ってもらえていたので、熱中して一生懸命になれてたなと思います。だし、1番純粋だったと思いますね(笑)感受性も1番高かった時期ですし、感情を言語化していくのも敏感な時期だったなと思います。考え方や、人とのコミュニケーションの取り方を培われた時間だったと思うので。そうですね・・・今何か困ったり何かあった時に解決しようとしたときの考え方は高校で学んだ時の考え方だったり行動だなと思える時間ですね。ほんとに、いい・・・いいってすごい浅いですけど、すごい素敵な大事な時間だったなと思います。

 

―例えばその困ったことを解決しようとした時に活かされている行動とか考え方って何がある?

例えば、大学までは趣味が合うとか、同じぐらいの知能というか偏差値が一緒なので会話をしてて理解ができる範囲の人しかいなかったんですけど。高校とかもそうだし。でも社会に出るとそうはいかないというか。取引先もできるし、それこそ市民とも接するし、自分が理解できない範囲の人たちが世の中にはいっぱいいて。それは会話をしても、お互いに理解しあえない、どうしても理解できない、共感できない人がたくさんいる中で、どうやって接していくかとか。この人とはわかり合えないから割り切って伝えるしかないとか、相手の立場に立ってみよう、立った上でやっぱりわからないこととかもたくさんあるから、じゃあ一回聞いてみようとか、逆に教えてもらおうとか。「わからないので今の気持ちを教えてくれますか」とか真っすぐ、関わろうと思えることだったり。

 

私は一回潰れちゃったので「今自分がこんなに不安なのはなんでなんだろう」、自分の自画像の時みたいに「自分は今どうして悲しいの?家に帰る時間が遅いから。」っていう風に、一個一個自問自答をして自分の状況を把握していくことがスムーズにできたなと思いますね。

 

―表コミのプログラム、授業の中で印象に残っていることはありますか?

印象に残っているのは、たくさんありますけど・・・なんだろう。普通の授業の中でだったら、「あいさつ」が私は結構、自分が成長したというか、自分が演出が好きなんだなとあの時に気づいたというか。あれが私の中で枠組みを外す、外し方の思考のきっかけになったなと思っていて。「おはようございます」で終わればいい。あとは自由だよという中で、結構私、案を出していた方だったんですけど。ここだけ決められているんだから、じゃあここにたどり着くには逆になになら入りやすいんだろうかとか。逆算して考えていったり、逆に27人だからこうしたら面白いかなとか、色々思考を自分でしてた。とか、なんだろう・・・あいさつが揉めるきっかけになってたので、そこでちゃんと話し合ったり険悪になったのも今思えばすごいいい経験だなと。なにかものを創ったり、チームで仕事をする上でも、何かを創ろうとするとよかったねって丸く収まることの方が少ないって思って。その過程を経験できたのがすごくよかったし。あとは体重を預け合うこと。日常の中でも、人に身体を預けるのってすごく難しいことだったよなって思って。それを信頼してみんな預けてたし預けられたし、日々の中で関係性を構築していく・・・どの授業といわれたら迷っちゃうんですけど。一つ一つのワークで一個ずつ関係性を築いて、体を預ける、預けられるという経験が素敵な時間だったなと思います。あと、西成のココルームに行ったときに私、結構衝撃で、茨木も治安のいいといわれている場所ですし。中でお話を聞いてて西成って悪い意味で有名で、他県の人でも「あの治安の悪いとこどこだっけ」っていわれて西成?って聞いたらそうそうみたいになるので。でもなんか西成って危ない場所だっていうイメージがあの時に消えて。確かに治安はよくないかもしれないけど、1人1人が一生懸命生きていて、それを助けようとしてたり。明日のことまで考えられていない人がたくさんいるけど、その代わり一日一日を一生懸命生きている人を間近で見ることができて。假奈代さんの言葉の中に、ホームレスって危ないイメージだけど、日雇い労働者の方だから夜は基本的に動いていない。でも危ないっていわれているのは結局、飛田新地があってそこから人が流れてきて酔ったおじさんとかがホームレスに絡んで喧嘩になったりするんだよねっていうのを聞いて。すごく、一方的にイメージだけでこっちが悪いって捉えられている中で現実的には全然そういう理由があったりするっていうのがすごく刺さって。西成のこと聞かれたりしてもそれを話すようになって。実際はこうだから、こっちのおじさんの方が悪くないって話すのができるようになって。假奈代さんの「知ったものは死刑だ」という言葉がその時は理解できなかったんですよね。言葉的には理解できるけど感覚として腑に落ちなくてずっともやもやしてたんですけど。大人として年を重ねていってだんだん理解できるようになったり。もう私は無邪気な高校生の自分には戻れないし、1つ1つの言葉がこの年になって腑に落ちてきたりしているなと思えたので西成の実習はすごいよかったなと思います。

 

―イメージだけで自分で捉えていたところが全然違う真実を知れた感覚はあった?

ありましたね。先入観でものを考えていたのかなっていう自覚がありました。西成も「親おっけいでた?」とか生徒間でもあったので、どきどきしてたというか、危ないところに行くのかというか。でも結局それって親も先入観だし、もちろん注意しとくに越したことはないけど先入観で自分の知らないことを知ったかのようにいうのは気をつけようと思いました。

 

―1期生は先が見えない中だったじゃん?どんな感じだった?

私たちの時って、自分を知る、相手を知る、上での共存みたいな流れもなくて。こっちもわかってなくて。これが何に繋がるのか、何に活かされていくのか、答え合わせができたのが多分3年生とかだと思うんですよね(笑)

 

―はいはい笑

という中で1年生の時とか筋トレと、立つ座る、歩く。ほんとに基礎の基礎のところを見通しが立ってないままやってた。これってなんのためにやってるんだろうって疑問がありながらの授業だったと思うので。それが見え始めたのが、全部総合的に生かされたダンスの授業がしっかり入り始めたり、演劇の授業が入り始めたらへんからだんだん落としこめていった気がします。

 

―なんかでも、毎回の授業は掴んでる感覚はあった気がする。毎回授業は楽しんでる・・・まあ楽しめる人、楽しめない人いっぱいあったけど。

うん~!

 

―そこでなんかあんまり退屈だなって感じはなかったと思う。

ないです。ないです。

 

―そうそう。ただ、今は楽しいけど、果たしてこのままでいいのか。これに何の意味があるのかってところがみんな不安で。

そうですね。

 

―最初の自画像も大変だったよね。内容だけじゃなくて、今の表コミのルールを築いた時代でもあった気がする。時間を守りましょうとか挨拶をしましょうとかさ、ほんとに初歩的なところの躾みたいな。

そうですねえ。

 

―だから今思うと1期生は、まずは表コミの文化を築くための、土壌・・・基礎、表コミでの言語を理解してもらう、みたいな人たちだったんだと思う。でもそれを理解して体現してくれた1期生がいたからちゃんと挨拶をするとか、そういう礼儀的なものとか、すごく基礎的なところだけど、ものを大切にするとか、人のことをちゃんと目をみるとか、ちっちゃいこととかも含めて後輩たちに引き継がれたんだと思う。だから、1期生はよく信じてついてきてくれたなって思うよ。

いや~ほんとに(首を横に振る)(笑)

 

―最後に表コミを色で例えると?

え~。私は赤が印象にあるかもしれないです。

 

―なぜ?

なんでですかね。一番最初のクラTが赤だったり、石井先生も熱血で赤だったり、個性は強かったけど、でもなんか赤のイメージがあるかもしれないです。自分の代だけでみてますけど。

 

―いやそうだと思う。5期とかは整ってるから。7期とかになると白っていうもん。

へ~。

 

―「私が見つけた色はオレンジだけど、みんなそれぞれ色を見つけてると思うからコースとしては白だと思う。」って。

あ~なるほど。

 

―7だからだと思う。1期ではそれはなかったよね〜! 

とりあえず、石井先生に付いて!この道を!って感じでしたね。

 

 

▼在学中

 

 

 

▼現在

 

〈最後に一言

私は表コミが大好きです。
表コミに関わる全ての人がハッピーな毎日を送れますように!

 

ヒョーコミプレゼンツ!#6 卒業生インタビュー【藤川由衣】

 

ヒョーコミプレゼンツ!第6回!!

インタビュアーは、表コミを「はじまり」から知る表現科教員の福岡が務めます★

 

表コミ入学前に大病を患っていたゆいちゃん。身体にハンディを抱えながらも、動くことや踊ることを諦めず、必死に自分に向き合った3年間について聞きました!

 

―今の所属を教えてください

大阪医療福祉専門学校視能訓練士学科の子供eyeコースに所属しています。

 

―なんでそこに進学したんですか?

自分が病気になっていろんな人に助けてもらったから、最初はお世話になった看護師になりたかったんですよ。でも、いろんなところに行ったけど脚の事があるから無理だって言われて。・・・で、お父さんの職場の人の奥さんが視能訓練士をやっていて、その方の話聞いて面白そうと思って、今の学校を選びました。

 

―将来も子どもに携わりたいの?

そうです!子どもが好きっていうのもあるけど、自分がちっちゃい時に病気になった経験があるから・・・。子ども専門にいきたいと思って。やっぱり障害あったら辛いこととか、結構生きにくいこととかあるから、そういうのなく、より快適に過ごしてほしいなっていう思いがあるんで、将来は困っている人とか、病気になってしまった人に、よりよく過ごしてもらうためにサポートしたいなって思っています。

 

―なるほど。では、ゆいちゃんの病気のことについて詳しく聞かせてください。 

えっと、自分は小学5年生の2月ぐらいに左足が急に痛くなって、最初は体操とダンスとかやってたから、筋肉痛やと思ったんですよ。あ、痛いなぐらいやって。でもどんどん痛くなってきて、なんか尋常じゃない痛さというか歩かれへんし、なんか寝られへんし、痛すぎて、病院に行ったら、左大腿骨骨肉腫っていう病気やって言われました。

 

―その骨肉腫っていうのは癌?

そうですね。骨肉腫っていう骨と肉に広がっていく癌です。腫瘍が広がってる上に骨がペラペラになってるって言われて。すぐ入院して摘出手術しました。

 

―入院して、手術はどんな感じやったん?

入院してからは、抗がん剤治療と手術して・・・。10時間に及ぶ手術やったそうで、その手術で膝がほぼ曲げられへんっていう後遺症が残って、自転車もこげへんし、階段も1歩ずつじゃないと降りれへんしみたいな、あと走られへんし、膝曲げられへんくなりました。

 

―大変やったんやね。その後は、動くことはできなくなったの?

そうですね。中学校では、動くなって感じでした。もう、なんかあったら怖いから動くなみたいな。で、車椅子生活やって。けど、中1の後半からは、杖で歩いとったんですよ。で、その、中3の時ぐらいから卓球は上半身だけやしそんな動かんからまぁあんま危なくないからって感じで一番やったかな。その他にも危なくない事はその支援学級で沢山させてもらいました。

 

―そうか、でも動けない状態もあったのに表コミに入ろうと思ったん?

学校説明会の時に最初は無理やって思ってたけど、とりあえず話だけ聞きにいこうって親が言ってくれて、石井先生と話したら、もう石井先生がもう神様みたいで(笑)話も全部うんうんって聞いてくれて「由衣ちゃんならできるよ」って言われて。えぇ?できるわけないって思ったんですけど、「やりたい気持ちがちょっとでもあるなら来てみたら?挑戦してみたら?」って言ってもらえて、自分も「もう1回ダンスしたい!」と思ってたから、挑戦してみたいと思ったんです。

 

―じゃあ、その時はまだ不安だったん?やりたい気持ちはあったけど、やれないでしょって思ってるのも強かったんかな?身体的にも。

うん・・・中学校で体育皆でやってもないし、親に無茶するなって止められてたから、急に出来んのかな?っていうのもあるし、そん時は、ほんまに歩くのもそんな遠くまで歩かれへんかったから、こんな状態でダンスなんてできるわけないって思ってたし、不安しかなかったですね(笑)入りたさは1、2割ぐらいで、不安の方が断然おっきくて、入学式とかもう死にそうでした(笑)なんか場違いちゃうかなとか思ってめっちゃ緊張してました(笑)

 

―入学してから、私たちは「できることをやってみよう」っていうスタンスだったと思うんやけど、ずっと動くなって言われてきて、そう言われた時はどんな気持ちやったん?

え、最初怖かったです。なんか、これやったら脚が折れるんちゃうかなとか、やったことないからそもそも自分がどこまでできるかわからんくて。でも1回、後転か前転かなんか忘れたけど、なんかみんなでやってる時に、先生にちょっと持っといてあげるからやってみって言われて、やったんですよ。そしたらなんか出来ちゃって(笑)そこから、え待って出来るやん(笑)って思って。それまではもう動けへんからみたいな、みんなの見とこうぐらいやったけど、そっからなんかもう扉開けられたみたいな(笑)じゃあこれ出来るんかなみたいな?動きたい衝動が大きくなりました。

 

―3年間を通して由衣ちゃんが変わったなって思うことはある?

変わったな・・・え、でも心も強くなった。なんか今、すごいなんか色々挑戦したいなって思ってて。

 

―心もってことは身体も強くなった?

あそうです。今は歩けるし、もう全然1日中ほんまに杖なしで遊びに行ったりとかもするし、体幹?昔、よく脚かくんって力が勝手に抜けて転げそうなってたんですよ、ほんまに筋肉なさ過ぎて。けどそんなんないし今、ちょっと押されても踏ん張れるぐらいの力も付いてるしって感じで。心はなんやろ、たぶん挑戦する前から諦めてたんですよ。けど、今はちょっとやってみようとかなんか新しいこと挑戦したいなっていう気持ちが増えてきてて楽しいです(笑)

 

―今さ、ここでの学びが役立ってるな~みたいなことってある?

・・・でも、なんか、自分でもっと発信しないとあかんなっていうのを感じてます、今。高校3年間はそんなに感じてなかったあんまり。やってくれるからみんな、引っ張ってくれる人がおるから、もうなんか自分は多分ここにおった方が1番いいんやろうなみたいな。だから、動かんかった、1番安全圏におったみたいな。けど、今は引っ張ってくれる人がいなくなって、自分でやらなあかんし、自分で発信しだした所ではあります。

 

―挑戦してるんだ!

そうですね、あと、相手のこともちゃんと考えるようになりました。前は自分が発信しない方やったから、今、多分この子こう思ってるやろなっていうのがちょっとわかって、どっちの立場も今分かったっていうか。今は、相手の気持ちを考えることと自分の意見を出すことをだいぶ両立出来るようになってきてると思います。だからちょっと楽?やなって思います。ずっと相手!相手!相手!と思ってたから(笑)自分のことで精一杯すぎて、もっと相手の事を考えないとと思ってたから、今はだいぶ楽です。

 

―じゃあ、表コミを色で例えると、由衣ちゃんは何色だと思いますか?

色、えぇ・・・え、でもなんかいろんな色あると思う。何色・・・なんかめっちゃ暗い色からめっちゃ明るい色まであると思う。黒とか茶色とかもあるけど、なんか黄色とか水色とかオレンジもあって、決められへんっていうか

 

―それはなぜ?

そこで色々経験して楽しかったことも、その辛かったこともあるから、多分いろんな色があるっていうか、みんなの声とかはやっぱオレンジとか黄色って感じするし、そこの空間自体は明るい感じ水色とかって感じやけど、色々感じてきていろんなことがあったから黒とか茶色もあるし、けどやっぱ楽しかったから赤とかもあるしみたいな(笑)いろんな色です(笑)虹色、じゃないけど、いろんな色がある。

 

―そうだよね。楽しいだけじゃなかったもんね。ゆいちゃんにとって1番は、自分と向き合ったみたいな事が大きい?

あーめっちゃ大きいです。なんかずっと自分と向き合ってたと思う。それはしんどくて、なんかもうどうしたらいいのか分からんかったけど、その時考えてたことが今になって、頑張る糧になってるというか。自分と向き合うの大事やなって思います。

 

―さっき、その時は病気のことも整理できてなかったからって言ってたけど、この、3年間通してその病気のこととかも受け入れられたりした?

だいぶ、受け入れてます。誰かに話すのは、そんなにやっぱ、なんか仲良くなってこの人に話していいと思ったら話したいけど、なんか自分から話すのは重たい話じゃないですか。しかも普通に歩けてるし、タイミングないから大学ではまだ話してないけど、そういう機会があったら全然話すと思います。なんかもう受け入れてるから話せる。

 

―例えばさ、他のコースに通ってそこって向き合ったと思う?

絶対無理やと思う。ずっと、自分が生きる理由が欲しくて、最初。誰かの役に立たないと自分が生きる理由はないんじゃないかと思ってたから、表コミではなかったらたぶんずっとそういう人生やったと思います。ここで自分でも色々やっていいんやって思ったし・・・なんか楽しくなりました。(笑)

 

由衣ちゃんにとってさダンスとか表現することってどういうこと?

どういうこと。えぇ、どういうこと・・・自分と向き合うこと、かな。楽しいし、自分の心のままに踊れるというか・・・難しい

 

―なんかだってさ、明らかに踊ってる時の由衣ちゃんは普段と違うもんね(笑)踊ってる時は、めっちゃ強くて、なんか宿ってる感じする!

踊ってる時は、その時の自分の感情を出してるって感じです。考えてないっていうか考えられへん(笑)心のままにやっちゃえみたいな(笑)感じ。

 

―授業の中でもそうだけど、イベントでも、吐き出せない感情を出すみたいなことをやること、表現することは、由衣ちゃんにとってどういう意味があった? 

なんか、心のシャッターみたいなんを壊すものでもあったと思うし、その、自分の意見とかも言えるきっかけにもなった。感情を押し殺す方だったんですよ、思っても。けど、出すことで色々感じるようになったというか、繊細に感じるようになった。なんか自分が泣いてたとしてもあれなんで泣いてんのやろぐらいやったけど、あーこう思ったから泣いてんのやって感じるきっかけになりました。

 

―よかったね。これからも自分の心にも目を向けてあげてね。ありがとう~

ありがとうございました!

 

▼在学中

 



 

▼現在

 

〈最後の一言〉

表コミでの三年間は、私は泣いてばかりだったと思います。
自分と向き合うからこそ苦しくなって、自分の不甲斐なさをよく感じていました。
しかし、「限界を自分で決めるな!」という言葉や、正直に言葉をぶつけ合える友達がいる事、安心して過ごせる居場所がある事は幸せだったと改めて感じました。
物事を深く考えるようになり、違いを認め誰かと共に生きていくという事を深く感じられる場所でした。これからも、表コミでの学びを大事にして、夢に向かって頑張ります。

 

ヒョーコミプレゼンツ!#5 卒業生インタビュー【秋元隆秀】


 

 

ヒョーコミプレゼンツ!第5回!!

インタビュアーは、表コミを「はじまり」から知る表現科教員の福岡が務めます★

 

中学校の文化祭で「表現」に目覚めて、大学でも舞台芸術を学んでいるあっきー。表現することは「反発する手段」だと語ります。そんな考えに至った表コミとの出会いについて聞きました!

 

―現在の所属を教えてください。

近畿大学文芸学科芸術学部舞台芸術専攻に所属しています。2回生です。

 

―どんなことを今は学んでるの?

そうですね。今は演劇とダンスの実習と共通科目の選択で、まぁ自由に選べるんですけど僕は実習授業を多めに取っていて、演劇の、とか、ダンスの、基本的な世界観とか歴史とかを知識として学ぶ時間もあるし、実技で、教授たちは現役でやっているアーティストの方なので、その中での実習の経験をしたり、あとは他学年の実習公演とかがある時は、手伝いに行って、学校全体で演劇を立ち上げる作業を学びながら、座学的な面でも知識を吸収して、ていう感じですかね。

 

―理論と実践の両方を学べてるんやね。楽しい?

まあまあまあ(笑)高校で前衛的な演劇ばっかに触れてきたので、なんかこう大学での演劇の色は僕がしたいことではないけど、でもまあこれもそれが生まれる過程にあったものでもあるし、全く別物にしてはいけないなと思って頑張って学ぼうとしてるんですけど。まあ実習ってなると、そうですね、なんかこう表現する動機というか、すごいなんか、経験経験みたいな感じでやってしまうのはすごいダメだなと思ってて。

 

―あ、自分の?

そうです。もっとこう、うーん・・・高校の時にやってたことって丁寧に自分とのすり合わせをして、作品にしていったので気持ちが乗ったんですけど、大学はやっぱりシステム的にも本当に好きなこととか自分に寄り添ってるものじゃないと乗り切れない部分があって、俯瞰してやりすぎちゃってるのがダメだなぁと。

 

―高校の時は等身大の自分から生まれるものが多かったしね。

そうなんです。だからだったら、戯曲書いたりとか、地域のこと考える授業とか3回4回くらい取れるんですけど、そっちの方面に行った方が良いかなと思ってます。実習とかは外部でやったほうが良いかなと思ってます。

 

―そうか。じゃあ学校じゃない場所でいろんな活動をしているの?

そうですね。1回生の時は表コミの先生方がいろいろ紹介してくれて、僕一回生の時へたりこんでたんですけど、バイトと学校生活送るのに精いっぱいなっちゃって、一回こう、演劇がっつりやろうっていう気概を持てなくて普通の大学生として過ごしてたんですけど、卒業したのに先生たちが色々連れ出してくれて。外部の活動は高校でやったことが明確に見える部分もあったり新しい面白さに気付けたり発見がたくさんあって演劇というか、表現することへのモチベーションがまた出てきましたね。

 

―表現に対するモチベーションも自分の状態によって変化するよね。でも、中学生の頃から、ずっと表現することを続けてると思うんだけど、あっきーにとって表現ってどういう存在なの?

そうですね。自己肯定じゃないですけど・・・。反発の手段なんですよね。だから、大学中すごいしんどかったのは、今まで中学も勉強ができなさ過ぎて、その生き残る手段として何があるだろうってとこから始まって、それで演劇やって。高校は反発なのかな、どうなんだろう、高校時代は楽しかったですけど、分からないがすごい多くて、1年生の自画像も本当分からなさすぎるがゆえに分かってやろうというか、考えてました。やっぱ、高校時代にあった反発みたいなものは、地元の友達とか今までいた中学とかのコミュニティから離れるじゃないですか。その時も俺だけ何やってるか分かってもらえなかったですし・・・っていうのもあって。そうですね、世間に居場所があるだけじゃなくてその居場所も認められたいみたいな欲が大きくて、だからこそ演劇やダンスやろう、それじゃあ場所づくりのために僕は表現やってるのかなと。

 

―場所づくりというのは自分の居場所?

んー・・・。そうですね。でも一人だけだったら自分の居場所だなと思えてないんで、表現することがいろんな人がバックにいて成り立っているんだなっていう意識があったからこそ、良い場所だなって。中学、高校、大学と上がってくに連れてバックにいる人はどんどん明確になって。だからこそ頑張りたいなっていう気持ちが強い。

 

―根本にあっきー個人として、表現するってことは、自分を認めることや、自分の存在を受け入れてもらえること?

そうですね。

 

―それが大学一年生の時は何となく色々やったけど、そこまでの充足感は味わえなかったってこと?

そうですね。なんか対等になれなかったからかな?と思います。自分が負けてたかも・・・。

 

―自分の表現としてそこに乗せきれなかったってこと?

やらされてるだけではやってる意味が分からないから・・・。指示された動きを動いてるだけなんで。自分なりにプランがあってそれを提示しても、それが自分だけで留まってないかなっていう不安もあったし、んー・・・。ちょっとちょっかいだすだけじゃだめだなって。ちゃんと同じ作品作るものとして同じ立場やってかないと・・・。話合いとか協働作業とか、みんなで繋がって一つのものを作る濃さが、表現をしている感覚になるのかなと思いました。自分止まりじゃなくて、他者とつながってる時間が出来れば濃いほど僕は満足ですね。

 

―それがあっきーが理想とする表現というか、クリエーション?

んー・・・。だし、そういう環境で生きていたい。

 

 

―高校3年間はどんな時間でした?

三年間は本当に、愛情というか一人一人に注ぎ込む時間がすごくて、それがあるかないかで考える考えないかがすごい変わってくるなって。

 

―その愛情を注ぐっていうっていうのの主語は?あっきーが?

いや、先生とか環境とか。一年生の時はやっぱりみんな疑問から入るけど、自画像終わってからすごい信じていいぞってみんな思った。そこでみんな絶対的な自分にとっての収穫みたいなものがあったからこそ、2、3年になって先輩の意識も芽生えるし、この環境でできることを精いっぱいやってやるぞの気持ちでやってた。高校の2,3年生に関しては反発ではないな。この二年間は、信頼できる場所でただただ自分の表現を追求する時間だったすね。

 

―なんで信頼できる場所になったの?

授業を通して物理的にみるじゃないですか、身体を。みんなで身体支え合ったり、委ね合うとか共有しあうとか、柔軟で敏感な、まあ個人の身体にもなるんですけど、それをずっと同じメンバーでやってるからこそ、共同体として柔軟になって。そこからくる生徒間での信頼。んー・・・そこからくる先生すげえなっていう(笑)

 

―そこからくる先生(笑)

そこからくるでもないな(笑)いやー、一年生の時は何となく凄い人だなと思っていて、言うこと聞けちゃう人も多分いて、俺とか男子組は疑問を持ちながらもやってた奴らだし、「何良い子ぶって従っちゃってんの」って女子に対して思ってたし。でも、実感としては凄いなっていうのは徐々にあって。

 

―だから言ってたことが実感出来るってことだよね。

そうですね。本当に言っていることが分かるようになる。これほど説得力のある言葉はないなっていう。だからこそ信頼したし、2,3年生でより高度で難解な作業するけど、それに対しても委ねられる。更衣室の中で、信頼してるからこそのちゃんとした議論を生徒と出来たのがでかくて。しんせいとかは本当にあいつは疑問を無くさないように言ってて、そのマインド大事だな。偏見からくる疑いの目ではなくて、信頼してるからこそ分からないことに対して、ん?って思えるか。それをすごい話し合ってたんで、授業終わり(笑)嫌いな時間だけども、「どういうことなの?」「分かんねえな」とか言って(笑)

 

―言ってたの?へ~~~~それも嬉しい(笑)

言ってた。あの時間(笑)楽しかった。

 

―でもさ、私たちが言ってることって結局正解がないじゃん。言ってることは多分意図はあるけど、え?って思って考えるってことに価値があるからそうなっていたなら、狙い通りだなって。すごいね。

すごいそうでしたね。

 

-じゃあさ、表コミの先生ってどういう風に見えてたとか、他の先生との比べるのはよくないけど、なんか違いってあった?

すごいリスペクトを持ってる中でのフランクな関係が異質な感じというか。やっぱ他の先生とリスペクトの度合いが違うかなって感じはするかな。なんか凄すぎて分からない、なんか他の先生が言ってることが分からないことはそんなにないんですよ。授業で言ってることは分かるし。でも表コミの先生が言ってることは分からないことが多い。でもなんか分からないのに、離れきれないというか(笑)仲もイエーイって感じはあるけど、常にそういう感じでもないし(笑)。なんていうんだろう難しい(笑)分かんなすぎるのを僕たちは分かった振りしてるっていうのは、洗脳じゃないですか。そこは適度に突き放してくれるというか、僕らは洗脳されないように自分の考え持ち続けようと思えたし、多分それは距離間をすごい考えてくれたからだと思うし、そこの差かな・・・、うん。距離置きながら分からないことを分かろうとする関係はここにしかないものだと思う。

 

―例えば何が分からなかったの?

声飛ばすとかも、「何が?一緒じゃん」みたいな。身体がこうすればこうなるって、本当かよって思ってた。後は、同期とかも本当にできるの?って思ってたんすけど、俺らが想像してた同期、例えばアニメみたいなこういう(ロボットの動き)じゃなくて、もうちょっと現実味を帯びていて、でもそれがすごい分かる。だからそれを最初に伝えるにはその表現しかないなって後から分かって。本当に身体の可能性がすごいなって言うのを、分からないけど分からないなりにやってみて、更衣室で考えて、また授業でやってみてみたいな。やってみると、明らかにやり始めは違う身体になっていて。最初に想像していた超人的なことではなく、こんだけ自分変わったんだみたいな、そこの成長率みたいなのは凄い見えたっすね。だからその分からないことやってみて、毎回自分でフィードバックして・・・。先生に言われた正解にたどり着くんじゃなくて、先生が言ったことをきっかけに動いいた自分の成長率が分かっていったから、洗脳じゃなくて距離をとった関係性があった。

 

―じゃあ最後に、表コミを色で例えると何色だと思いますか?

表コミ色か・・・。真っ先に浮かんでくるのは黄色ですね。

 

―なんで?

三年間の思い出としてはやっぱり黄色かな。自分を出せる、それを見せ合って、笑顔になって。キラキラするというか明るくするというか、ただ楽しいってだけじゃ無理でそうあるためにものすごく考えぬかなきゃいけない。自分見つめて他者考えて、黄色って僕の中でめちゃめちゃ明るいイメージがあるからこそ、それを生み出すためにした作業みたいなのが見えるかなっていう。

 

 

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【最後に一言】

表コミでの日々は自分の中にたくさんの熱量を生み出してくれました。自分の事、そして周りのことに本気になった3年間の経験は自分にとってかけがえのないものです。この日々の熱量を忘れないように、そして思い出して、自分を奮い立たせながら頑張っていきます。

 

 

 

 

ヒョーコミプレゼンツ!#4 卒業生インタビュー【桃木あずさ】

 

ヒョーコミプレゼンツ!第3回!!

インタビュアーは、表コミを「はじまり」から知る表現科教員の福岡が務めます★

 

幼少期からバレエを踊ってきたあずさ。
高校在学中に型にはまらない自由なダンスに魅了されてイギリス ラバンセンターへ留学。現在は夢に向かって新たな進路に進んでいます。留学中の体験も含めてお話聞きました!

 

ー今の所属を教えてください。

履正社国際医療スポーツ専門学校の1年生です。去年までは、イギリスのトリニティラバンに留学していました。

 

ーそもそもなんで留学しようと思ったの?

ラバンに行こうと思ったのは、表コミでダンスのインプロ(即興表現)とかラバンのメソッドに近しいものを勉強していくうちに、枠に囚われない自由な表現を追求したいと思ったからです。でも留学して、いろいろ授業を受けたんですけど、ダンス解剖学、身体の構造のことを学ぶのが面白くって。もっとダンスに関連するからだのことを学びたいって思って、今の学校に入り直しました。私もバレエをしていて怪我した時に、整骨院とか行っても治療してもらえる先生がいなくて、痛みを伝えても伝わらないことがあって。すごくもどかしい思いがあって、治して欲しいのに治してもらえないっていうか・・・。それで、解剖とか知識をつけてダンサーに特化したトレーナーになりたいと思ったんです。ラバンに行った経験も生かしたいと思って。それで今は、理学療法士の勉強をしています。

 

ーなるほど。あずさにとって表コミで過ごした時間はどんな時間だった?

1つの成長過程になったと思うし、知らなかった自分をしれるきっかけにもなったかな。あとは、他者との関わり方、コミュニケーション、誰かを受け入れて、その人はその人のままでいいということを感じられるようになりました。うん…自分自身のことも受け入れられたし、新しい自分もみることができたと思えたし、あとは、人との繋がり方は言葉だけでなくていいんだと思えました。相手の雰囲気とか感情を感じられるようになったし、その人の空間に入ったり、相手を察することもできるようになったと思います。

 

ーここでの学びが今の生活に生かされてるって感じることってある?

留学の時に特に感じたんですけど、言語が通じなくても、コミュニケーション力があれば言葉の壁を超えられるって思いました!言葉がわからなくても、オープンマインドでいると友達から話しかけてもらえたりして。肌感覚でなんとなく相手が言おうとしていることも感じ取ることができたので、コミュニケーションでは苦労なかったです(笑)あと、今のやっている医療の仕事って、人と対話する、常に相手がいる立場で仕事がすすむ職業だから相手の状態を観察する場面でいきていると思います。基本的に、病人や怪我人を相手にするから、身体的・精神的な部分を察知してその背景を想像することが自然にできるから、役立ってるなって思います。

 

ー3年間の授業の中で印象に残っていることってある?

「同期のワーク」喋らないで相手の出しているエネルギーや雰囲気を汲み取らないと進まないから、身体を開くこと、相手を信じて、信頼関係がないとうまくいかないワークで残ってます。割と自分たちの学年はうまくいかなかった(笑)そこで、我が強すぎると一緒に何かをすることは難しいと思いました。あとは「空間把握のワーク」。あのとき、めっちゃ怒られました(笑)

 

ーあー覚えてるよ!(笑)怒られてたね。

でも、先生からの指摘をがあったからこそ、あのとき自分たちが自分勝手なんだと自覚できたと思います。今思うと有難い環境だったなって。表コミって、良いことだけじゃなくて、ダメな部分も言ってもらえるから、気づきも大きかったし、客観的な視点で見て指摘してもらえることがありがたかった。

 

ーでもさ、先生から指摘されたときってどんな気持ちがするの?

んー自分が固定概念をもったままだったから、そうじゃなくていいという新しい選択肢を持たせてもらえてる感じがしてました。こう思ってたけど、これじゃなくてもいいんだって思えて、次のアイディアが生まれたり、違う思考回路を持てるきっかけになったなって思います。

 

ー怒られてる!って感覚はあった?

ありました(笑)でも、わーって怒られるっていうよりも、図星を当てられる感じで、くるしって感じの怖さ(笑)でも、そこから逃げずに気づけるし改めることができるし、あーですよね…薄々感じてはいたけどっていうことを言われるから、納得してました。

 

ーわかる(笑)じわじわくる感じよね。じゃあ、表コミの3年間で変化したことってある?

あります!入学した時は、宝塚受けたいってことに拘りがめちゃくちゃあって。自分の思うようにいかないとモヤモヤするし、人の意見を聞いても受け入れられなかったし、自分勝手な部分があったけど、今は、他の人の意見を聞ける容量が広くなったと思います。あと、人を受け入れられるようになった。「他人は他人軸で生きていて、自分は自分軸で生きている」という言葉とか、「自分の体がいい方向、心が行きたい方向に進めばいい」って言われて、素直に自分がしたいことしていいんだって思えるようになりました。

 

ー素直に自分がしたいことができるようになって、ずっとやってた踊りへの概念とかは変わった?ずっとバレエやってたよね?

変わりました。バレエは形に則って、型をどれだけ美しく見せるかを考えるので、ずっと形が綺麗にとれることがいいと思ってましたけど、型にはまらなくても美しいと思える感覚が生まれた。今では変なことを率先してしまいます(笑)型がないと正解がないからこそ、自分がしたいことが正解だと思えるようになったし、素直に出てくる自分の表現を受け入れられるようにもなったかな。

 

ーそれも、自分を受け入れられるようになったってことなんだろうね。表現科の先生たちのことはどう見えてた?

1年目は怖かった(笑)自画像のこともあるし、嫌なところを突いてくるし。でも、助けてくれる存在でした。全部答えを言ってはくれないけど、レールを提示してくれて、自分の知らない世界を教えてくれる感覚がありました。あと、先生たちの言葉のチョイス、言語化された言葉がしみるんですよね。

 

ー全部メモってたよね。あずさ。

はい(笑)今でも全部授業の記録コメント残してます。今でも振り返ることあります。

 

ー真面目だな〜(笑)じゃあ、最後に。表コミを色で例えるとあずさは何色?

オレンジ

 

ーおお〜オレンジ!理由は?

空間が暖かいから。蛍光色じゃなくて優しめのオレンジ、包み込んでくれる感じの。愛情も含めて、優しいって感じ。

 

▼在学中

 

 ▼現在

 

【最後に一言】 

表コミでの3年間はかけがえのない大切な時間です。
「みんな違ってみんないい」
自分と人ととの違いを面白がり理解し合い助け合う。ここにはその環境があり,お互いに成長し合える素敵な場所です。
表コミに在籍できたことは私にとって財産です!表コミ大好き!ありがとう!

ヒョーコミプレゼンツ!#3 卒業生インタビュー【武部葵】

 

 

ヒョーコミプレゼンツ!第3回!!

インタビュアーは、表コミを「はじまり」から知る表現科教員の福岡が務めます★

 

在学中から人のために働くことに喜びを感じていたあおい。

思っていることはたくさんあるのに言葉にならないこともしばしば…でも今回は想いを込めながら、一つ一つ大切に語ってくれました!

 

―今の所属を教えてください

神戸女学院大学 人間科学部 心理行動科学科です。

 

―もう4年生?

いまもう4年生です(笑)もう卒業です(笑)

 

―なんで心理にしたの?

心理にしたのは、高校の部活で色々あって、まじで地獄だったんですけど、なんか自分には表コミがあるし、居場所があるからいいやって思えるようになって、次は自分が同じような思いをしてる人の支えになりたいし、居場所作りがしたいなと思って心理学に進みました。

 

―就職は?

決まっています。企業のアシスタント職です。

 

―へぇ、なんでそこに行きたかったん?マネージャーしてたから?

そうです。誰かを支えられるっていう仕事につきたかったので。

 

―表コミってどんな場所だと思いますか?

自分を変えてくれた場所やなってすごい思います!高校入るまでは、1人になることが嫌で、なんか自分の意見も言えないし、その自分が嫌だったんです。それより1人になるのが怖いっていう方が強くってなんかもうそのままでいいやって思ってたんです。でも高校入って、その表コミってありのままの自分をその先生もクラスメイトも受け入れてくれるし、自分の意見を話す時にみんながその肯定してくれるのがすごく嬉しくて、なんかそういうのを3年間続けてると、自分にだんだん自信が持てるようになってきて、なんか自分の意見を伝えてもいいんやって思うし、もし1人になったとしても表コミがあるからいいやって思えるんで、それがもう今もずっとそうなんですけど、高校卒業してからも、その、相手の意見を受け入れた上で自分の意見をもちゃんと発言ができるようになったし、自分に自信をもって生きれてるっていうのが高校入る前と比べてすごい1番変わったところかなって。

 

―今はじゃあそんなに怖くない?

そうですね。全然!なんか逆に1人の方が楽かなって思うぐらい、1人でいれます。

 

―それは、なんだろ、違ってもいいみたいなことが

そうですね!みんな違うのは当たり前やし・・・他人と考え方とか意見が違うことに対して、それが逆にいいんじゃないかなって、思うようになりました。

 

―じゃあ高校3年、表コミで学んだことは?

学んだこと・・・それこそもう、ありすぎるけど、印象に残ってるのは・・・他者の意見を否定せずに受け入れてさらにいいものを作っていくこと。あとは、大学になってもふと思いだして意識するのは、当たり前だと思わないこと。今でも、すごいなんかしんどくなった時とか、普通にご飯食べてる時とかも、なんか・・・ほんとにそんなすぐ忘れるけど、普通?その普段のその日常が当たり前じゃないなって思って、その1日1日を大事に過ごさないとな~って思う時間がよくあります。

 

―なんで、なんでそう思うの?

んー・・・んーえなんかその、今振り返って思うことで、高校の時は石井先生がその言葉をいつも言ってくれてて。そこでいつもそうやなって思って、それが高校生の時には印象に残ってるんですけど、表コミにいた自分を振り返ると何事にも全力で。今、今も生きてるんですけど(笑)なんか、もっと、生きてたな~って(笑)わかんないけどそういう風に思います。授業もそうだし、公演もそうだし、先生もみんなもこの一緒にいる時を、全力で授業して、全力で公演頑張って、泣いて笑って怒って、もう何事にも全力だったなって思って。それとその今の現状を比べた時に、なんかちょっとなんやろ、あの時の全力は今はちょっと足りてない、全然足りてないなって思う。高校の時はなんかその時に一生懸命で、やっぱあれは全然当たり前じゃないし、もっとその生活に、ありがたさというか幸せをもっと感じて3年間を過ごせたらまた違ったんだろうなってすごい今思います(笑)

 

―その、今あおいが全力っていう言葉で表現してくれてるじゃん。で、全力っていう言葉が指すことっていうのは?

んー・・・クラスメイトのことを思うとか考えるとか、あと逆に思ってもらったり、考えてもらったり・・・んー・・・その時の気持ちとか、なんか体力的にもやっぱそうなんですけど、体は疲れてなくても、嬉しいとか悲しいとか悔しいとか楽しいとか、そういう感情の面で常にMAXの状態があって、・・・ずっとなんか動いてる感じ?気持ちが動いてる?のが、いやぁ、ムズイ、

 

―分かるよ分かる。だからこう、感度が高かったんだろうね。

そう!ですね。

 

―表コミの先生ってどんな先生?
今ちゃんと思うのは、もう溢れるくらいの愛をくれる人、くれた人。親だなって思うぐらい自分たちにこう時間を使ってくれて、自分たちのことを考えて、支えてくれる。そんな先生はもういないなって思います。普通の先生は、ほんとに授業をしてるというか、学生のために教えてくれてるってものあるけど、なんかほんと表面上って感じがするけど、表コミの先生は内面までちゃんと知ろうとしてくれて、してくれた上で・・・気持ちの面でもサポートしてくれる。

 

―どんな場面でそれは感じるの?

えぇ、どんな場面・・・んー・・・1番直接感じるのはそのなんか公演後の振り返りとか、先生たちが自分のその気持ちを伝えてくれる時間ってあるじゃないですか。あの時、やっぱ公演ってなると自分のことに必死になっちゃうのでなんか先生のことを考えられる時間?っていうのが無かったんですけど、終わった時に先生が感じていたことや思いを受け取ると、そう感じられます。

 

―あ〜。高校生の時って。先生は先生。大人は大人。なんか私の感覚としては、あ、先生も同じ人間だったのねみたいな、なんか陸続きでその人のことを捉えられる瞬間があると、信頼ができたり先生にもそういう背景あったよね?みたいなことを考えられるようになるよね(笑)

はい!そのなんか、福岡先生がお子さんもいて家庭がある中で時間を割いてくれてる。とかそういう話をしてくれることがあって、その時がやっぱ1番感じてましたね。1日24時間っていう限りがある中で、他にいっぱいやることもあるのに、私たちのことを1番に思ってくれていることのありがたさというか、そう考えてくれる人がいる幸せを感じていました。

 

―なんか隠してやりきるとかじゃなくて、ね。その、その場にいる大人も同じ対等な人間として関わってそれで感じたことを言ったりするっていうことだよね、きっと

はい。確かに隠さずに言ってくれるのが、そのなんか先生やけど先生感はそんなないみたいな。同じ立場で関わってくれてるっていうのを知ると、距離は近くなるし、なんか頼ってばっかりじゃだめだなって。子どもなりに、自分たちのことは自分たちでしようって考えるようになった気がします。

 

―表コミを色で例えると、何色だと思いますか?

えー、んー(笑)表コミを色で例えると、赤

 

―赤!なぜ?

んーなんか、こう常に燃えてる、全員が(笑)燃えてるって感じがする。メラメラと(笑)

 

―今もチア続けてるんだよね?舞台に立ったりとか、踊ったり。なんで続けてるの?

えー、誰かをもう笑顔にしたい。笑顔に、したい。なんか笑顔になってもらいたいっていう思いがあって、自分も楽しい。それこそさっき先生があの言ってくれた身体を動かすことに充実を感じてるみたいなのもあるかなって思うので、身体を動かしてたい。

 

―つまりは心も動かしていたいんだね。

うん。(笑)

 

―以上です!ありがとう

ありがとうございます。

 

 

▼在学中

 

 

▼現在

 

〈最後に一言〉

私にとって表コミでの3年間は、私を大きく変えてくれたかけがえのない時間でした。素敵な出会いが沢山ありました。
他者と異なった考えを持っていることを恐れず、自分の想いを相手に伝えられるようになりました。また、他者の意見を受け入れ、認め合うことの重要性を学びました。
今後も日々を大切にし、全力で人生を楽しみたいと思います。
表コミ大好きーー!

ヒョーコミプレゼンツ!#2 卒業生インタビュー【佐々木ちひろ】

 

 

 ヒョーコミプレゼンツ!第2回!!

 インタビュアーは、表コミを「はじまり」から知る表現科教員福岡が務めます★

 

―今の自分の所属はどこですか?

京都女子大学の発達教育学部、発達教育学科に所属しています。3年生で次4年生です。

 

―ゼミ何してますか?

病弱教育を専門にしている先生のゼミに入ってて…テレロボとか

 

―なにそれ?

なんか移動式のロボットみたいな…とかを使って病院とか家にいる子どもたちも一緒に学校の友達と学んだりできるようにするために、ていうのをやってます。

 

―今はどんなところに興味があるの?

卒論は、支援学校の中での表現。一人ひとりに合う表現を見つけるためには、どういう可能性があるかなっていう漠然としたテーマとして自分の中にあるんですけど。

 

―その表現っていうのは身体表現とか言語表現とか

身体表現もそうなんですけど病弱とかのところでICTとかもやってて…ICTを使ってコミュニケーションとる方がいたり、あとは、私の知り合いとかだと直接話すのは難しいけど書くとすごい、あっこんなふうに思ってるんだってくらいたくさん書ける子がいたりとか。なんかひとりひとり違うかなって思ってて、表出の仕方は。私が今知ってるよりももっといろんな表現の方法があると思うからそれを知っていきたいなって思っています。

 

―なんでそういうテーマに行き着いたの?

1番最初のきっかけは、今話した元々あんまり話したことなくて何を思ってるのかわからなかった子の感想文みたいなのを見た時に、あ、こんなふうに感じてたんだってびっくりしたことでした。自分が実際先生になった時に、言葉でのコミュニケーション、話し言葉でのコミュニケーションが難しくても目の前にいる子が感じていることを知りたいなって思って、こういうテーマにしたいなって思ったんです。

 

―今振り返ってみて高校の時間ってどういうものだったなって思う?

高校の時間は…中学生までの関係づくりとは全然違うかったなって思ってて。好きなものが一緒とかそういう感じというよりかは目指してることとかも好きなこととかも違う人とか全然いて、当たり前なんですけど、でもなんか、そういうのも関係なく関われる環境だったなって思います。

 

 

―中学までの関係づくりと違う関わり方とか中学校までのお友達との関係性もそうだし、なんかさ違いをもう少し言ってみるとどう?具体的に

具体的には…中学の時までは私がかもしれないんですけど、今振り返ってみると周りの友達に思ってることとか、すごい大事なことをあんまり言わないって感じがあったかなって。自分が大事にしてることを話すことでそのことを否定されたら傷つくなっていう怖さがあったかもしれないないですね。高校の最初の方もたぶんそうだったと思うんですけど…一番大きい転機は自画像かなって思います…

 

―なんで自画像によって怖さが無くなったりしていったの?

今も全く怖さがないって訳じゃないんですけど、周りの人たちが共感するわけではないかもしれないけど認めてくれるというか受け入れてくれる環境だったのが大きかった。あとは見てくれた仲良い友達が自分も同じような家庭環境で勇気をもらったみたいな話をしてくれて、すごく仲良くしてたけどあんまりそういうこと知らなかったから、自分が言葉にして話すことで相手が心を開いて…今まで言わなかった、言えなかったかわからないけど、相手のことを知るきっかけになるかなって思ったので、ちょっとずつ変わっていったかな。

 

―今周りの人たちが認めてくれるとか受け入れてくれるって言ってたけど、友達との関係ってどんな感じだった?

うーんと、友達との関係は…表現の授業が無かったらあんまり話さなかったり、関わらなかった人たちも多分たくさんいるだろうなって私は思っていて、普通のクラスの中にいたら。でも、表現の授業があると…普段、日常の友達関係とはまた違って…授業の中だからこそこんな風にこの人は思ってたんだって知ったりとか、自分の思ってることを言えたりとかゆう環境だったなって。普通の授業だったらそういう感じにならなかったなって私は思っています。

 

―普通の授業と表現の授業って何が違っていた?

今は通常の授業も変わってきてるのかもしれないけど、やっぱりどうしても…教えてもらって覚えてっていう授業の形態の方が多いから。あとは、話し合いとかがあっても問題の答えを導くために一緒に話し合いをすることが多いけど、表現の授業は…なんか直接的っていうか、問題の解き方とかじゃなくてその人の考えとか今まで過ごしてきた環境でできている人間性に直接触れることが多かった。なんか身体の、心の部分でもそうだし、身体も今まで生活してきた身体になってるから…身体をあわせる機会多いじゃないですか?なんかそれで、感覚からそういうのを感じるのも多かったかなって思います。

 

―自画像が一年の最後の方にあって、そこまでの少しずつ演技、ダンスのワーク通して、中学と違うような関係性ができてくると思うんだけど、自画像やり始めとか結構まだ怖かった?

怖かった

 

―どこら辺で自分の中でここまで言えるんだとか、こういうこと言っても聞いてくれるんだとか、もう少し信頼していいんだなって思えるようになったポイントとかはどういったところ?

最初は、やっぱりなんかこう、自分の核になってるところを言うのを怖いなとか思ってて、多分なんでやるんですかって聞いたことがあるんです。そしたら、石井先生が話をしてくれて、そこから変わったかなっていう笑 

 

―なんて言われたか覚えてる?

覚えてます。「人のことを知るためにはまず自分のことを知らないといけないよ」ってことを言ってもらって、相手がすごい見た感じ悲しそうにしてたりとかした時に自分がすごくしんどかった時のことを照らし合わせて、同じようにこの人もしんどいのかな?とか、悲しいのかなって想像できるっていうのを言ってもらって…そこからやっぱり…私は人と関わりたいって思ってたのでその言葉でちょっと自分が思ってることとかをちゃんと言葉にしていきたいなって思ったのでそこからは割とガラッと変わったかなって思います。

 

―実際やってみて石井先生の言葉を実感できた?

それはずっと今も思ってて。悲しいとか辛いだけじゃない楽しいもそうだけど、その原因は違うと思うんですよ。悲しくなってる原因とかすごい辛いと感じることも人それぞれ違うと思うんですけど…その感情が自分の中にあって知ってたら…それでこの人が辛くなるんだっていうことに共感できなかったとしても…その悲しい気持ちには寄り添うことができるなって思っているって感じ。

ちょっとだけ話がズレるかもしれないんですけど、私は支援学校でボランティアしてて、葉っぱを口に入れる子がいて。最近はしてないんですけど、葉っぱを口に入れて感覚を味わった後に、あみあみの排水溝じゃなくて…

 

―水のとこ?

そうですね。そこにこうやって入れてじっとみる子がいて、そのこと自体は私には理解できない(笑)。葉っぱを口に入れたいと思わないし、入れて楽しむのもわからないですけど、でも、(その子が)それを衝動的にしたくなるというか、それをこだわりたいっていうのは、私にもこだわりはあるし、やりたいこととかしたいことあるし、なんかその(こだわりたい、やりたいっていう)気持ち自体には共感できるなって思っていて、自分との結びつきを感じれたら・・・気持ちの共通点があればぐっと距離が近づくって思ってる。

 

―先生ってどういうふうに見えてたのかな?

私はすごく信頼してました。じっくり話聞いてくださるし、積極的になってない時とかたくさんあったと思うんですけど、一旦受け入れてその理由とかを知ろうってしてくださっているんだなって感じることが多かった。なんか、否定されなかったのはある。私はあんま否定されてないと思う。間違った方向に行ってる時にひょっとしたらそれは違うっていうふうに止めることはたぶんあると思うんですけど、その人を否定することは無いっていう信頼感がありました。

 

―表コミの3年間を色で例えると何?

青色かな。青ってなんか深いイメージがあるから。深かったなって思うので青にします。

 

―何が深い?

すごく経験も濃かったし、友達とか周りの人のことを深く知ることもできたし、自分について深く考えることもできた。いろんな意味での深さと濃さとって感じで。

 

▼在学中

1年

 

3年

 

▼現在

 

〈最後に一言〉

表コミでの3年間は、本当に特別な時間で、たくさんの出会いに心から感謝しています。
『色んな違いがあっても、対等に他者とかかわり、繋がれる。』
表コミで実感をもって学んだことは、今、より深い思いになっています。
その思いを私も少しずつ形にしていきたい…そのために、挑戦していきたいし、学び続けていきたいです。

 

 

 

ヒョーコミプレゼンツ!#1 卒業生インタビュー【 河﨑正太郎 】

 



 

 さてさて、始まりました!ヒョーコミプレゼンツ!

 インタビュアーは、表コミを「はじまり」から知る

 表現科教員福岡が務めます★

 

 第1回目は1期生 河﨑正太郎(かわさきしょうたろう)さんです。

 大学を卒業して3年目。舞台芸術と共に生きていくと決めたわっさー。1期生として道を切り開いていた頃の記憶について聞きました!

 

ー今のお仕事は?

大学卒業後、2年間公共劇場で、劇場運営と制作をして、今はフリーで劇団、演劇祭、制作がいない団体の受付などの制作をやっています。

 

ー今の仕事のきっかけは何だったの?演者にはなろうと思わなかったの?

大学で演劇をしている時に、演者をするとこよりも、教育や劇場でアーティストとの関わることがあって、物事を成立させるような仕事にひかれたんです。大学3年生の時にはもう、企画制作のことを学べるゼミを選んでました。

 

ーへぇ〜!制作ゼミってどんなこと学ぶの?

最初はお金の話、書類の作り方や予算の組み方ですね。あとは、受付のお客さんの誘導、お客さんが快適にどう過ごせるのか考えたりします。広報、受付とか、お客さんが劇場で作品に出会う前のこととか、公演をどう成立させていくのかを考えていきます。

 

ーなるほど。そもそも、わっさーはいつから演劇が好きだったの?

入学する前まではミュージカルが好きだったんですけど、高校1年生の時に多田さんの東京デスロックとか、前田さんの五反田団とか、平田オリザさんの小さいサイズの演劇をみに行った時によくわかんないけど面白かったですよ。そこから、今のような小劇場の演劇に興味を持って、いろいろ見にいきはじめました。

 

ーじゃあ、表コミとの出会いで小劇場の演劇に出会ったんやね。では、表コミに入学した動機は?

え・・・いくところがなかったっていうのはあるんですけど(笑)普通の授業が苦手だったんですよね、とにかく座学が難しくて。山村留学にでも行くかって話にもなってたんです(笑)でも舞台芸術はすきで、中学はサッカー部だったから、身体を動かすのがすきだったんです。それでたまたま見つけて体験会に飛び込んだら、算数とかそういんじゃなくて想像力を使うようなワークで。それが楽しかったんです。

 

ーさっき、ミュージカルもやってたって言ってたけど、昔から芸術には親しみがあったん?

そうですね。父はもともと歌舞伎と落語とかの古典芸術が好きで、母は宝塚とかクラシック音楽とか、どちらかというと現代劇が好きで、親が趣味で見に行くのと一緒に連れて行ってもらってました。それで、いつの間にか自分もやってみたいって思うようになってました。

 

ーすごいね〜!めっちゃ恵まれた環境!わっさーにとって表コミでの3年間どんな時間だった?

在学中は、あっという間だった印象です。1期生っていうのもあって微妙に掴みきれない実感が残ってました。1年生のときは、よく分からない感じで、言われたことをやるっていうライン作業こなしてた感じ。2年生の頃から、行事とかも増えてきたのもありますけど、自分で何かをするイメージがつき始めました。でもやっぱり、卒業後に自分も芸術に携わるようになって、こんなに分厚いことをやっていたんだって思って、ほんとに幸せで有意義だった時間だなって思います。

 

ーね〜。1期生はいろいろあったもんね。じゃあ、わっさーにとっての表コミでの学びって言われたら何て答える?

そうですね…まずは、「想像力」ですね。やっぱり、自分1人で何かをすることなんて1つもなくて、自己に向けた想像力、他者に向けた想像力ですね。社会に出ると、自分の言語を持っている人、年齢や文脈、背景の違う人たちと関わることが多くて、学校教育の中では出会わない人たちと会って仕事するので、すごい役立っています。あとは、「自分が知らないことがめちゃくちゃ大量にある」ということを知りましたね。高校時代にココルーム(釜ヶ崎芸術大学)とか、ダンスの文脈で、高齢者や障害者と出会っていろんなものを見せてもらったことで、知らない社会、知識、情報があるんだと思いました。社会に出てから、世の中「知らないことがある」っていうことが自分の中におちていたので、何かわからなくても相手に聞いてみようと思えたし、アクションをおこせましたね。

 

ーわっさー、最初はすんごい知ったかぶりだったもんね(笑)

ですね(笑)「知らない」ことを恥ずかしいと思うよりも、「知ろうとする姿勢」の方が大事なんだって思えました。自分を大きく見せることよりも大切なことがあるのだと気がつきました。自分が多くを語るよりも、耳を傾けることに面白さがあるってわかった。人に耳を傾けることが面白いと思えました。

 

 

ー印象に残っている授業とかってある?もう結構前の話だけど…

えっと、当たり前ですけど、基礎を繰り返してやることですかね。自分の生活の中で、ルーティーンを作って、アップで身体の可動域を確認することとか、ランダムウォークとかいつも変わらないもの、環境を繰り返すことによって、自分の成長を感じることができてたと思います。自分を知るきっかけになってましたね。自分の感覚や部位や人に触れることを日常的に目を向けていくことで、その日の体調や変化に気づくことができてました。それで、そこから自己分析をして行動を振り返ったり、自分の癖や、気づきから問いを立てたり、日常の考えとリンクすることもあって面白かったです。

 

ー確かに、毎回ランダムウォークするもんね。他の授業と表現の授業は何が違ってた?

僕の場合、身体を動かすことが前提にあったことがよかった。「ずっと座っておきなさい」と言われることが苦痛だったので、すぐ動いていい環境がよかったし、自分に合ってました。なんか、身体が言葉を補足してくれる感覚もありました。中学校までは「正しくいなきゃ」があったけど、そうなれない自分がいて。でも、表現の授業で、自分に対する違和感、なりたい自分に対する違和感を認められるようになったなって思います。

ー1期生は私たちも必死だったけど、先生たちのことはどう見えてた?

先生みんな、フラットでした。年齢が違うけど、4人それぞれが専門性をもってたので。あと、TTとして一緒に創作をする、一緒に授業を受けていることが大きかったと思います。物事を教えることと、一緒に走る、動く、とは装いきれないものだから、それがよかったですね。そのときは「先生」というイメージではなく、ここはできて、できないこともさらけ出す感じがあって。

 

ーね〜!私も演劇のしりとりの時に全然言葉が出なくてできなかった(笑)でも、そのできない感じを見せるのって大事だよね。

そうそう、同じワークでも生徒の方ができることもあるし(笑)でもそんな一面を見た時に、自分と地続きの人間なんだと思えました。先生もできないことがあることを見ること、無意識にそれが当たり前になっていたことがよかったと思います。あとは、自分たちの表現を先生が面白がってくれて、よくわかってくれてました。あと、ポジティブな反応も、ネガティブなものも反応がダイレクトなのも良かったです。

 

ーコースの始まりってどうだった?全部初めての学年だもんね。

正直・・・何をしていいかわからなかったですね。最初の「自画像」が終わったときにカメラマンの方に「よくなかった」って言われ、何を求められているのか、何がゴールなのかがわからなかったです。先輩いないしわからないじゃん!って思ってました。上がいない、下がいない、他のクラス、受験、常に「わからない」が付き纏ってきてましたね。なんとなく嫌なものを感じることもありました。良かった部分は、ほんとにずっと付きっきりで見てもらえたことは、本当に幸せなことだったなって思います。今思うと、純粋に自分たち対先生たちの時間が贅沢だったって感じます。あと、一番上だったので、その後を全て見れたのは嬉しかったです。

 

ー後輩が増えていくことはどう感じてたの?

まじで嬉しかったです。つながっていくことでもらえる勇気が大きかったし、レプリゼント、自分が地元を背負うじゃないけど、文脈?自分の存在が紡がれてきた文脈があるから。自分はこの土地で生まれて、この人たちと関わってきて、確実に自分の人生になっていることも感じられて。それがどんどん増えることはものすごく誇りだったし、後輩たちを見てると自分たちの3年間よりもどんどん考える機会も増えて、コミュニティダンスの実習も僕たちよりももっと深い経験を得ているんだろうなって思います。続けていくことは、深くなっていくことだし、広くなっていくことだと思うし、カリキュラム、授業の充実、学びの広がり、深まりを感じられますね。

 

ーそうそう、5期生の子が初めて会うから大丈夫かな?って思ってたけど、会ってみると初めてあったようには思えなかったって言っていて、それってすごいなって思ったんだよね。

そうですよね。こうやって共通言語、価値観があるから繋がれるんだと思います。

 

ー今の8期生を見ていて、変化したと思うことと、変わってないと思うことって何かある?

変わってないところは、数え切れないほどあって、それは骨組みの段階で基礎がしっかりあるってことだと思います。その同じ土壌がある中で、でもやってる生徒によってカラーが全然違うように感じて、それがすごい面白いなって思いますね。創設して3年の3期生までの印象と今の生徒の印象が違っていて。それは、土壌がある程度あって、その上に立つ建物が違うのがこんなに面白んだって思うし、それから基礎の強度を感じるしリーチの広さがこんなにもあるんだって、今年の卒公を見てて思いました。今年の卒公、ダンスと演劇今年もすごい良くて。千秋楽だからっていう感動とも違って。この子達だから立ち上がるものがあって、それがすごくて、サイトスペシフィックっていうか、毎年変化しているし、面白いし、すごいなって思います。そして、マインドは変わってないと思います。結局一番大事なことは上手く踊れる、演技ができる人じゃなくて、誰かと何かを作るという目的は変わっていなくて、そこに想像力があるっていう根底が変わっていないし、最終的に誰かとものを作るということがここにはあるから、感動したんだと思います。

 

ーなんか、1期生にそう言ってもらえると自信になるな〜。すごい嬉しいし、誇りに思える。じゃあ、最後に表コミを色で例えるとわっさーは何色だと思う?

白ですね。全部の始まりでもあるし、なにものにでも染まれる誇り高い色、意思を感じる、変容できる色。あらゆるもに対して興味を持てる色いろんな方向に広がっていけるし、自分の色に対してはこの色に強いものを感じるので、白です。

 

▼在学中

 

▼劇場で働いていた時

 

▼ 現在

 

<最後に一言!>

本当に表コミを卒業できて良かったと今でも強く思ってます。これからも舞台芸術を通して表コミで学んできたことをさらに学び活かし広げていきたいと思います。