追手門学院高校・表現コミュニケーションコース活動ブログ

大阪府茨木市にある追手門学院高校・表現コミュニケーションコースの活動ブログです。普通課のカリキュラムに週8時間、演劇とダンスの表現教育を行っています。日々の活動の様子をお伝えします!

ヒョーコミプレゼンツ!#2 卒業生インタビュー【佐々木ちひろ】

 

 

 ヒョーコミプレゼンツ!第2回!!

 インタビュアーは、表コミを「はじまり」から知る表現科教員福岡が務めます★

 

―今の自分の所属はどこですか?

京都女子大学の発達教育学部、発達教育学科に所属しています。3年生で次4年生です。

 

―ゼミ何してますか?

病弱教育を専門にしている先生のゼミに入ってて…テレロボとか

 

―なにそれ?

なんか移動式のロボットみたいな…とかを使って病院とか家にいる子どもたちも一緒に学校の友達と学んだりできるようにするために、ていうのをやってます。

 

―今はどんなところに興味があるの?

卒論は、支援学校の中での表現。一人ひとりに合う表現を見つけるためには、どういう可能性があるかなっていう漠然としたテーマとして自分の中にあるんですけど。

 

―その表現っていうのは身体表現とか言語表現とか

身体表現もそうなんですけど病弱とかのところでICTとかもやってて…ICTを使ってコミュニケーションとる方がいたり、あとは、私の知り合いとかだと直接話すのは難しいけど書くとすごい、あっこんなふうに思ってるんだってくらいたくさん書ける子がいたりとか。なんかひとりひとり違うかなって思ってて、表出の仕方は。私が今知ってるよりももっといろんな表現の方法があると思うからそれを知っていきたいなって思っています。

 

―なんでそういうテーマに行き着いたの?

1番最初のきっかけは、今話した元々あんまり話したことなくて何を思ってるのかわからなかった子の感想文みたいなのを見た時に、あ、こんなふうに感じてたんだってびっくりしたことでした。自分が実際先生になった時に、言葉でのコミュニケーション、話し言葉でのコミュニケーションが難しくても目の前にいる子が感じていることを知りたいなって思って、こういうテーマにしたいなって思ったんです。

 

―今振り返ってみて高校の時間ってどういうものだったなって思う?

高校の時間は…中学生までの関係づくりとは全然違うかったなって思ってて。好きなものが一緒とかそういう感じというよりかは目指してることとかも好きなこととかも違う人とか全然いて、当たり前なんですけど、でもなんか、そういうのも関係なく関われる環境だったなって思います。

 

 

―中学までの関係づくりと違う関わり方とか中学校までのお友達との関係性もそうだし、なんかさ違いをもう少し言ってみるとどう?具体的に

具体的には…中学の時までは私がかもしれないんですけど、今振り返ってみると周りの友達に思ってることとか、すごい大事なことをあんまり言わないって感じがあったかなって。自分が大事にしてることを話すことでそのことを否定されたら傷つくなっていう怖さがあったかもしれないないですね。高校の最初の方もたぶんそうだったと思うんですけど…一番大きい転機は自画像かなって思います…

 

―なんで自画像によって怖さが無くなったりしていったの?

今も全く怖さがないって訳じゃないんですけど、周りの人たちが共感するわけではないかもしれないけど認めてくれるというか受け入れてくれる環境だったのが大きかった。あとは見てくれた仲良い友達が自分も同じような家庭環境で勇気をもらったみたいな話をしてくれて、すごく仲良くしてたけどあんまりそういうこと知らなかったから、自分が言葉にして話すことで相手が心を開いて…今まで言わなかった、言えなかったかわからないけど、相手のことを知るきっかけになるかなって思ったので、ちょっとずつ変わっていったかな。

 

―今周りの人たちが認めてくれるとか受け入れてくれるって言ってたけど、友達との関係ってどんな感じだった?

うーんと、友達との関係は…表現の授業が無かったらあんまり話さなかったり、関わらなかった人たちも多分たくさんいるだろうなって私は思っていて、普通のクラスの中にいたら。でも、表現の授業があると…普段、日常の友達関係とはまた違って…授業の中だからこそこんな風にこの人は思ってたんだって知ったりとか、自分の思ってることを言えたりとかゆう環境だったなって。普通の授業だったらそういう感じにならなかったなって私は思っています。

 

―普通の授業と表現の授業って何が違っていた?

今は通常の授業も変わってきてるのかもしれないけど、やっぱりどうしても…教えてもらって覚えてっていう授業の形態の方が多いから。あとは、話し合いとかがあっても問題の答えを導くために一緒に話し合いをすることが多いけど、表現の授業は…なんか直接的っていうか、問題の解き方とかじゃなくてその人の考えとか今まで過ごしてきた環境でできている人間性に直接触れることが多かった。なんか身体の、心の部分でもそうだし、身体も今まで生活してきた身体になってるから…身体をあわせる機会多いじゃないですか?なんかそれで、感覚からそういうのを感じるのも多かったかなって思います。

 

―自画像が一年の最後の方にあって、そこまでの少しずつ演技、ダンスのワーク通して、中学と違うような関係性ができてくると思うんだけど、自画像やり始めとか結構まだ怖かった?

怖かった

 

―どこら辺で自分の中でここまで言えるんだとか、こういうこと言っても聞いてくれるんだとか、もう少し信頼していいんだなって思えるようになったポイントとかはどういったところ?

最初は、やっぱりなんかこう、自分の核になってるところを言うのを怖いなとか思ってて、多分なんでやるんですかって聞いたことがあるんです。そしたら、石井先生が話をしてくれて、そこから変わったかなっていう笑 

 

―なんて言われたか覚えてる?

覚えてます。「人のことを知るためにはまず自分のことを知らないといけないよ」ってことを言ってもらって、相手がすごい見た感じ悲しそうにしてたりとかした時に自分がすごくしんどかった時のことを照らし合わせて、同じようにこの人もしんどいのかな?とか、悲しいのかなって想像できるっていうのを言ってもらって…そこからやっぱり…私は人と関わりたいって思ってたのでその言葉でちょっと自分が思ってることとかをちゃんと言葉にしていきたいなって思ったのでそこからは割とガラッと変わったかなって思います。

 

―実際やってみて石井先生の言葉を実感できた?

それはずっと今も思ってて。悲しいとか辛いだけじゃない楽しいもそうだけど、その原因は違うと思うんですよ。悲しくなってる原因とかすごい辛いと感じることも人それぞれ違うと思うんですけど…その感情が自分の中にあって知ってたら…それでこの人が辛くなるんだっていうことに共感できなかったとしても…その悲しい気持ちには寄り添うことができるなって思っているって感じ。

ちょっとだけ話がズレるかもしれないんですけど、私は支援学校でボランティアしてて、葉っぱを口に入れる子がいて。最近はしてないんですけど、葉っぱを口に入れて感覚を味わった後に、あみあみの排水溝じゃなくて…

 

―水のとこ?

そうですね。そこにこうやって入れてじっとみる子がいて、そのこと自体は私には理解できない(笑)。葉っぱを口に入れたいと思わないし、入れて楽しむのもわからないですけど、でも、(その子が)それを衝動的にしたくなるというか、それをこだわりたいっていうのは、私にもこだわりはあるし、やりたいこととかしたいことあるし、なんかその(こだわりたい、やりたいっていう)気持ち自体には共感できるなって思っていて、自分との結びつきを感じれたら・・・気持ちの共通点があればぐっと距離が近づくって思ってる。

 

―先生ってどういうふうに見えてたのかな?

私はすごく信頼してました。じっくり話聞いてくださるし、積極的になってない時とかたくさんあったと思うんですけど、一旦受け入れてその理由とかを知ろうってしてくださっているんだなって感じることが多かった。なんか、否定されなかったのはある。私はあんま否定されてないと思う。間違った方向に行ってる時にひょっとしたらそれは違うっていうふうに止めることはたぶんあると思うんですけど、その人を否定することは無いっていう信頼感がありました。

 

―表コミの3年間を色で例えると何?

青色かな。青ってなんか深いイメージがあるから。深かったなって思うので青にします。

 

―何が深い?

すごく経験も濃かったし、友達とか周りの人のことを深く知ることもできたし、自分について深く考えることもできた。いろんな意味での深さと濃さとって感じで。

 

▼在学中

1年

 

3年

 

▼現在

 

〈最後に一言〉

表コミでの3年間は、本当に特別な時間で、たくさんの出会いに心から感謝しています。
『色んな違いがあっても、対等に他者とかかわり、繋がれる。』
表コミで実感をもって学んだことは、今、より深い思いになっています。
その思いを私も少しずつ形にしていきたい…そのために、挑戦していきたいし、学び続けていきたいです。